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「なぁ、ちょっと聞きたかった事があったんだけどよ」

 それは日曜日の午後の時に突然問い掛けられた。
 いつものように四葉は修二に勉強を教えてもらっていたのだが、途中から四葉一人の力だけで一通りやってみようという事になったのである。その間修二は試験監督代わりということでずっと部屋にいたのだが、空いた時間で何かを考えていて、突然話を振ってきたのだ。

「何デスか?」
「いやな、俺が一度死んだ時あっただろ。少し気になってた事があってな」
「……いきなり嫌な事思い出させマスね」

 その言葉に鉛筆を置いて嫌そうな顔で呟く。あの時の事は思い出したくないというのが本音であったのだ。

「お前、自分の能力が体に負担がかかる事知ってたんだよな?」

 問いに対する答えは簡単だった。四葉の身に宿る反魂の能力を使用した事は何もあの時に限った事ではなかった。能力の制御訓練に使った事はあるし、こちらに来る以前にも傷を負った咲耶にも使った事がある。当然だが、襲ってくる反動も身をもって体験していた。

「知ってましたよ。だから姉チャマにも使わないように言われてたんデス」
「じゃあなんで危険を犯してまで俺に能力使った?」
「それは、兄チャマが死んじゃうって思ったから……」

 修二に対して使用した時は無我夢中だった。頭の中が悲しみで埋め尽くされて、能力を使う事以外は何も考えられなかった。自分の危険などまったく考えてはいない。

「……そっか。じゃあ今後一切、俺がどんな目にあおうが能力を使うな」
「え……?」

 突然の修二の言葉を四葉は一瞬受け入れる事ができなかった。
 
「だから、俺が事故にあって大怪我しても能力を使うなって言ってるんだ」
「そ、そんな事出来るわけないじゃないデスか!」

 確かに能力を一生封印していれば誰にも狙われずに普通の女の子としての生活は十分に約束される。だが今修二が言っている事は、たとえ自分がどうなろうと放っておけ。そう言っているようにしか四葉には聞こえなかったのだ。

「だいたい兄チャマ、この間だって大怪我して帰ってきたじゃないデスか! あれ当たり所が悪かったら重症だったってお母さんも言ってマシタ!」
「あ〜……そういやそんな事もあったな」
 
 つい先日、修二は朝からどこかへ出かけていたのだが、帰ってきた時には何故か手や足に複数の怪我をしてきたのだ。一応簡単には止血はしてあったものの、腕についた複数の傷跡を四葉が見つけ、その後翔華のちゃんとした手当てを受けた後、家族全員で修二を問いただしたら地下世界に行って雹矢との真剣勝負をしてきた事が発覚し、満場一致で二ヶ月間の小遣い停止処分とその間の雑用をやらされる事が決定した。
 だが四葉にとってそんな処分など、今はどうでもいいのだ。問題は修二が死ぬかもしれなかった大怪我をしてきた事にある。あんな大怪我をされては、能力を使うなと言われてもすぐに約束を破って使ってしまうだろう。正直な所、怪我を見つけた時はすぐにでも能力を使いたいと思ったくらいである。
 
「まぁあの怪我だって俺が自分で選んでそうなったんだし、また大怪我するとは限らないだろ」
「だからって四葉が能力を使っちゃいけない理由にはなりません!」
「確かに理由にはならないし、こいつは俺の我侭だ。けど、この事に関しては我侭を通させてもらう」
「そんなの勝手過ぎマス!」

 目の前に助けられる命があるのに、自分にはその命を救えるだけの力があるのに、それを使う事を許されない。それでは何の為に力があるのか分からなくなってしまう。
 話をこれで終わらせるつもりなのか、修二が立ち上がって扉に手をかけた。まだ話を終わらせる気がない四葉は修二を引きとめようとするが、次に発された修二の一言でその手が止まってしまった。

「……お前死なせてまで助かろうなんて俺は思っちゃいねぇんだ。それだったら潔く死んだ方が楽なんだよ」

 そう言って部屋をでる修二を四葉は引き止める事ができなかった。今の言葉が、四葉の耳には反魂の能力への否定に聞こえたのだ。
 自分の能力を否定される。それは自分の一部を嫌いになる事と同義語なのに、四葉は呆然とした様子を見せるだけで涙を流す事ができなかった。


 

風の記憶風の記憶 外伝
明日へ続く一歩

作者 クレヴァーさん


「というわけなんデス……」
「話は分かったんだけど、それでなんで私の家に押しかけてくるかな」

 あの一件があった後、修二と顔を合わせるのが少し嫌になった四葉は水神家の鈴凛の部屋に来ていた。鈴凛の方も特に用事もなかったので家に入れたのだが、愚痴を聞かされるとは思っていなかった。

「だってお母さん達に相談しようにも出かけてるし、他にこんな事話せるの鈴凛ちゃんか十夜さんくらいデス」

 以前より人との付き合いができるようになったとはいえ、四葉の交友関係が広がった訳ではない。こっちでの知り合いで言えるとしたら鈴凛達くらいしかいないのだ。それに能力の事を知っているのも理由の一つである。

「でもなぁ……私だって相談にのってあげられるほどの事はできないわよ」
「話を聞いてくれるだけでいいんデスけどね」

 鎮痛な表情を無理やり隠したような笑みを浮かべて、四葉は先程修二に言われた事を考えていた。
 誰だって自分の命や大切な人の命を救いたいと思うのなら、反魂の能力はまさに適任とも言える筈である。その分の反動は使用者の命を削りとる程の物ではあるが、大切な人を助けられるのならばそんな事は気にしない。少なくとも四葉はそう考えていた。
 だが修二はたとえ救いたいと願っていても使うなと言った。自分にはその力があるのに、それを使う事を許さない修二の考えが四葉には解らなかったのだ。

「兄チャマ、生き返った事嬉しくないのかな……」
「それは無いんじゃない? 生き返った時は少し戸惑ってたけど、しばらくしたら普通に生活してたんだし」
「じゃあなんで、死にそうになっても能力を使うななんて言ったんデスか?」
「それを私に聞かれても……」

 話が止まり、二人一緒になってしばらく考えていると、鈴凛が何かを思いついたように四葉に話しかけてきた。

「じゃあ、私の憶測で言ってもいいかな」

 鈴凛の出した提案に四葉は素直に頷いた。それが修二の言おうとした意図でなかろうとも、多少の参考にはなる筈である。一度咳払いをしてから、鈴凛は自分の憶測を語り始めた。 

「少なくとも修二さんは四葉ちゃんの事が嫌いだからそんな事を言ったんじゃないと思うよ。むしろ大好きだからあえてそんな事を言ったんじゃないかな」
「大好きだから言った……?」
「そっ。反魂の能力って自分の体にも凄い負担がかかるんでしょ? もし自分に使った時に四葉ちゃんが死んじゃったら、自分のせいで死なせた事になっちゃう。それが嫌だから、使うなって言ったと思うわよ」

 それなら修二が何故押し付けるように能力を使うなと言ったのかが多少理解できる。生き返った時に四葉が死んでいたのなら、修二は悲しんでくれるだろう。その悲しみを実現させたくないから、四葉の一部を否定する事になっても言う必要があった。

「でもそれで兄チャマが死んじゃったら、四葉が悲しいデス!」
「そうでしょうね。でも生き返っても四葉ちゃんが死んじゃってたら残された修二さんが悲しむし、能力を使わなかったら四葉ちゃんが悲しむ事になる。修二さんも無茶な事言ったわよね」

 可能性として定義する事は簡単ではある。しかしそれが実際に起こった時、どうなってしまうのかは己の身で体験するまでは結果は分からない。
 もしかしたら悲しんでくれないかもしれない。自分が悲しむような事はないのかもしれない。
 しかし少なくとも四葉は、修二が死ぬような事になったら絶対に泣き出してしまうのだろう。そして約束を破って能力を使ってしまう。どんなにきつく言われようと、初めて修二に能力を使った時にあった、死なせたくない気持ちを偽る事ができないだろう。

「でもこれはあくまで私の考えでしかないわよ。もしかしたら単なる気まぐれでそんな事を言ったのかも知れないんだし」
「……本当の答えが知りたかったら、兄チャマに聞く必要があるんデスね」
「そういう事。可能性を出してあげる事はできるし、考えを纏める手伝いをする事はできる。けど、その人の想いだけは、自分で聞き出すしか手がないのよ」

 結局の所、真実を知る為にはそれを考えさせた張本人に直接問いただす必要があるのだ。可能性をいくら定義した所で、ただそうであるかもしれないとしか言えないのだ。
 鈴凛との相談で考えは少しずつ纏まりつつある。後は修二の本音を聞き出せれば答えを出す事ができるかもしれない。

「鈴凛ちゃん、どうもありがとうデス!」
「頑張ってきなさいよ」

 鈴凛に勢いよく頭を下げ、四葉は水神家を後にする。そして歩いていくのももどかしいのか、自分の家へ向かって走り出した。 
 

 風真家に帰ってきた四葉は靴を脱ぎ捨てて家に上がる。そして目標である修二の部屋の扉を開けるが、修二はそこには居なかった。
 息を吐きながら呆然とした様子で部屋を見回す四葉だが、すぐにその場から離れて自宅全部の捜索に走り出す。
 居間、食卓、庭――挙句の果てにはトイレや風呂場までくまなく探してみたが、修二はどこにも居なかった。
 
「兄チャマ、どこ行っちゃったんデスか……」

 乱れた息を整えながら、四葉は庭で立ち尽くした。家の中で探していない場所は、後はもう一つしか存在しなかった。
 その場所、風真家の庭の一角にある道場へと向かってみると戸が開いていた。扉の前をよく見ると、脱ぎ捨てられた修二の靴がそこにあった。
 恐る恐る戸に手をかけて中を覗き込む。中を覗き込んだ瞬間、四葉の思考が止まった。
 中にいたのは、木刀を上段から振り下ろす修二の姿だった。しかしそれは本来なら思考を止めるような物ではない。凄まじい勢いで振り下ろされた木刀が風を切ったような音に驚いて思考が止まったのだ。

「何か用か?」

 少しの間呆然としていた四葉の前に、何時の間にか修二が木刀を片手にこちらを振り向いていた。声をかけられて正気に戻った四葉は慌てて靴を脱いで道場に上がる。

「何か用かじゃないデス。何を聞きたいのか分かってるんじゃないデスか?」
「予想はできてるけど、お前の口から言ってほしいな」
「分かりました」

 ゆっくりと深呼吸をし、迷うことのない真っ直ぐな眼で修二を見つめる。
 そして聞きたかった事を、修二が予想していた事を、言葉にして言った。

「どうして使うな、なんて言ったんデスか?」
「さっきも言わなかったか? 俺は――」
「それも理由の一つだって事は四葉もしっかり考えましたから。聞きたいのはどうして四葉が使っちゃいけないって事デスから」

 誰かの死を背負ってまで生きたくない。それは恐らく修二の本音ではあるのだろう。だがそれはあくまで修二個人の理由でしかない。能力を使うなと言える程の強制力はその言葉には無いのだ。

「……理由は二つある。一つは、お前に死んで欲しくないからだ」

 修二の言葉を四葉は驚こうとはしなかった。この答えは、質問をする以前から既に予想していた事だったのだ。
 護ると言う事は死なせない事。たとえそれが反魂の能力で自ら滅びの道を進んだとしても、護れなかった事に変わりは無い。だからこそ、能力の使用を禁じようとしたのはは納得がいく。

「その答えは、なんとなくデスけど予想できてました」
「まぁあんだけ体張って助けに行ってりゃ予想されても当然だな」

 頭を掻きながら照れくさそうにする修二を見て、四葉は思わず失笑してしまった。本来ならば笑うべき時ではなく真剣に聞くべきなのだが、珍しい一面を見れたので思わず笑ってしまったのだ。

「そんでもう一つの理由は……なんとなく卑怯な気がしてな」
「卑怯……?」

 この答えにいぶかしむ四葉に、修二が右手に持っていた木刀を四葉に向けて軽く放り投げた。
 突然の事に驚きながらも、その木刀を両手で抱きしめるように受け止める。少し重さが加わるが、持てない程の重さではない。

「兄チャマ?」
「一度本気で打ち込んでこい。その後で詳しく教えてやるよ」

 突きつけられた条件に四葉は戸惑った。木刀を振る事は見様見真似でどうとでもなるが、今修二に対して振るう理由は無い。大体、振るった所でまともに当たるかどうかさえ分からないのだ。
 だがここで踏み込まなければ、問いただしたかった理由は分からないままである。今後問いかけたとしても、恐らく同じ条件を突きつけられるだけだろう。
 少しの間逡巡していた四葉だが、決意を固める様に頷いた後、両手で抱きしめていた木刀を見様見真似で右手に持ち、左手を添えて正眼に構える。
 踏み出さなければ見えない答えなのならば、あえて踏み出す。それが望んでいない答えだとしても、自分で決めた事に後悔はしない。それが四葉の出した答えだった。

「……本気でいきます」

 口では本気と言っても、剣術はおろか、剣道すら体験した事のない四葉と、元々風真家に伝わっていた古流剣術を、風の能力を使う事で最大限の威力を発揮させるように改良された風真流剣術の奥義継承者である修二の本気とではそれこそ天と地程の開きがあるだろう。たとえ修二が本気でなくとも、差が縮まる事はありえない。
 だがそれは真剣勝負の話であって、このような状況ではその憶測は意味を成さないのだろう。それに今の修二は四葉に木刀を渡したので素手である。少なくとも反撃を受けて致命傷を食らう事は無い、と思いたかった。
 しかし四葉は知らなかったのだが、素手で剣を使ってくる相手を倒す術が無い訳ではなかった。太刀筋を見切り、太刀を振り切った瞬間に懐に飛び込み一撃を加える方法や、腕一本を犠牲にして太刀を受け、一撃を入れる方法。一番有名な物としては、無刀取り――俗に真剣白刃取りと呼ばれる技がある。
 その可能性をまったく危惧していなかった四葉は、木刀を握る手に力を込めて一歩ずつ修二へと近づいていく。そして木刀が修二の頭を捉える事ができる領域にまで侵入した途端に四葉は歩みを止めた。
 決断したとはいえすぐには振り下ろせないのか、何度も呼吸し、木刀を上段に構える。
 目を瞑って一呼吸した後、目を見開き、まっすぐに修二をの方へと踏み込んだ。

「えぇい!!」

 気合を込めるつもりで叫び、上段から勢いよく木刀を振り下ろした。四葉が振り下ろした太刀は素人にしては上出来なくらいに速く振り下ろす事ができていた。狙いも間違える事なく修二の頭に向けられている。四葉自身も全力を込められたと自信を持って言える一撃である。
 しかし、修二から見れば、四葉が放った全力の一撃は、やはり素人の域を越えてはいなかった。
 振り下ろされた木刀を修二はあっさりと横に避け、次の瞬間四葉の懐に飛び込んでいた。これに驚愕した四葉だが、木刀を振り下ろすのに全力を使ってしまったためそれに反応できない。硬く握られた右拳が放たれた瞬間、四葉は思わず目を瞑ってしまった。
 しかし、襲ってくると思われた鋭い衝撃はまったく来ず、変わりに軽く額を叩くような衝撃が四葉を襲った。少し痛い程度に感じながら恐る恐る目を開けてみると、既に戦闘態勢を解いて普通に立っていた修二が映った。

「流石に本気で殴れねぇが、今のでお前は死んだって事だ」
「……今ので、デスか?」

 確かに修二が本気なら今の一撃で四葉の意識は断たれていただろう。最悪頭を強く打ってそのまま二度と目を覚まさない、などということになりかねない。

「けど、これで何を言いたいのか分からないんデスけど……」
「今のをもう一度やれって言ったら、お前はどうする?」

 その問いの答えは簡単だった。思いっきり振り下ろして捉えられないのならば、軽く力を抜いて二の太刀を振るえるようにする。もしかしたら先程と同じ結果になるかもしれないが、それでも多少はマシにはなるだろう。

「少しは対処できるように力を抜くと思います」
「そうだな。やり直しが効くんだったら俺でもそうしてる。けど、死んだらやり直しなんて効かないんだよ」

 そこまで言われて、ようやく修二が先程何に卑怯だと言ったのかが四葉にも分かった。
 試合やゲームならばやり直しはいくらでも効く。失敗の中から多くの事を学べる事もあるだろう。
 だが死ぬと言うことは、人が一つしか持っていない命を失うという事である。そんな物にやり直しが効くはずもなく、また学ぶ事などできようが無い。
 しかし反魂の能力は不可能であるやり直しを行う事ができる方法である。死して何かを得るという事もできるのだが、そのような事は本来ならばあってはならぬ事である。
 それにもし、大切な人や家族を失った人が生き返った者を見ればこう思うだろう。
 何故お前が生き返れて、自分の大切な人は戻ってこないのだ、と。
 無論全ての人間がそう思うわけではないが、それでも生き返るという事は卑怯なのではなかろうか。恐らく修二はそう思ったのだろう。

「俺だって最初からそう考えてた訳じゃない。あっちで死ぬつもりで戦ってきて、そんな風に考えるようになっちまったのかもしれないな」

 幾度となく死線をさまよい、時には死すら覚悟した地下世界での戦いで生き残る事は至難の技であった筈だ。だからこそ、今の修二は命の尊さを理解する事ができていたのだ。

「けど、だからって二度と使うななんて言わなくても……」
「……まぁそうだよな。お前が能力を使ってくれなかったら俺はここにいられなかったし、華秦を倒す事もできなかった。でもな、それで思ったんだよ。俺は大事な時に、お前一人まともに護れなかったんじゃないかってな」

 自分を責めるような重い言葉に、四葉はどう答えたらいいのか分からなかった。四葉個人としてはいつだって助けてくれていたとずっと思っていた。だがそれは四葉の視点から見ての事だった。
 例えば四葉達がこちらに来た最初の日。修二に今ほどの力があれば、四葉に無茶をさせる事は無かった。また、後に白竜に連れ去られるようなヘマをする事もなかったのだ。
 他にも一番大事な時、修二は自分の力だけで四葉を護りきった事がなかったのだ。そのどれもが四葉の能力に救われたか、咲耶達の援護がなければ切り抜けられなかった。

「そんな事ないデス! 兄チャマはちゃんと四葉の事護ってくれてます!」
「お前がそう思ってても、俺は護りきれたって思えねぇんだよ。全部を護りきるなんて大層な事を言うつもりはないが、女の子一人まともに護れないってのは嫌なんだ」
「……だから、四葉の能力が必要じゃなくなったんデスか?」
「俺は始めからお前の能力欲しさに護ってきた訳じゃない。純粋にお前を護りたいって思ったからそうしただけだ」

 確かにこれまで修二自らが四葉に能力を使うように願った事は一度として無い。全て四葉の独断による物であった。死なせたくない一心で能力を使った事ですら迷惑だったのだろうか。少しずつだがそんな事を四葉は思い始めていた。
 だが、その心配は杞憂でしか無かった。

「だから、お前が能力使う必要がないくらいに強くなりたくなったんだよ」
「……え?」
「また華秦や白竜みたいな奴が出てこないって保証はないだろ? その時にまた護りきれなかったって後悔するのはもうごめんだ」

 その言葉に四葉は少しの間呆然としていた。能力を使わせない程にまで強くなりたい。そんな事を思っていた事は考えられなかった。

「前に言った事あっただろ。もう二度と大切な人を失いたくないって。俺はあの言葉を嘘にする気は無いぞ」
「それで強くなりたいんデスか……?」
「力だけじゃなくて心もだろうけどな。力だけじゃ華秦のように己を見失う。かといって心だけ強くなってもそれは護る力としては不充分な強さだ。両方を強くして、始めて強くなったって言えるんだろうな」

 それは単なる机上の空論などではなかった。以前は気軽に護ると口にしていた筈だった修二だが、地下での戦いでその意味を自分なりに考えたのだろう。
 護る事は死なせない事。そして悲しませない事。どちらか一つが欠けてもそれは護り切ったとは言い難いのだ。たとえ満身創痍でもいい。どんなに無様な勝ち方であろうとも構わない。護る者と護られる者。二人が生きて、普通に言葉を交わす事ができて、始めて護り切ったと言えるのだ。

「口じゃなんとでも言えるだろうけど、単なる口約束で済ませる気はないぜ。もっとも、お前が迷惑だって言うんなら俺も無理に護ろうなんて言わねぇけど」
「め、迷惑だなんて思ってないデス!」

 慌てて首を横に振りながら答えた四葉だが、その内心では迷いがあった。
 本当にただ護られているだけでいいの? 大切な人が窮地に晒されている時も、何もせずにただ見守っていればいいの?
 いつだってそうだ。地上に出る時は咲耶が連れ出してくれた。公司からの二度目の脱走の時も花穂がいなければしようとも思わなかった。そして今こうして地上にいられるのは修二が道を切り開いてくれたからだ。
 自分からは動かず、ただ誰かが助けに来てくれるのを待つだけだった。

(そんなの……ただ護られているだけなんで絶対ヤダ!)

 昔は外に出る事を許されず、そんな時どうやって出れば良いのか学ぶ事すらできなかった。だから無理に出ようとも思わずに、その環境に甘えていたのかもしれない。
 しかし今は自分を閉じ込めている枷から抜け出す術を知っている。外に出る事を許されていようがそんな物は関係ない。ドアが閉め切られているのなら、無理矢理こじ開けて外に出る事を、今の四葉は理解していた。
 『巫女の四葉』はただ護られているだけで良かったのだろうが、『風真四葉』はそんな環境に自分から甘えようとは思っていなかった。

「……兄チャマ、四葉は兄チャマがどんなに言っても、危なくなったら絶対能力を使いますよ」
「なっ!? お前人の話を聞いてなかったのか! んなもん使う必要が無いくらいに強くなって護るって今言ったばかりだろうが!」

 思わぬ反論に驚愕しながらも反論する修二の気持ちは痛いほどに分かる。しかしどれほど強くなろうとも、万が一の事態が起こる可能性は無いとは言い難いのだ。

「けど、それは本当に兄チャマがピンチになった時デス。四葉も能力に頼らないで強くなるつもりデスから」
「お前も……?」
「もう、何もせずにただ護られているなんて嫌なんデス。大切な人が戦ってる時、援護くらいできるようになりたいんデス」

 たとえ共に戦えなくとも、励ましの言葉を言うだけで構わない。ただ黙って見守りたくないから、その時自分にできる最大限の事ができるようになりたいのだ。

「でもなぁ……さっきの太刀筋見たけど、真っ直ぐ過ぎて実戦向きじゃないぞ」
「そ、そんなの仕方ないじゃないデスか。だって木刀を振ったのは今日が始めてなんですよ」
「……ま、気持ちのままに振ったんだから真っ直ぐなのは当然だけどな」

 剣は使い手の心を写す鏡と言う。断てぬ物は無しと唄われた名剣を用いたとしても、使い手の心に迷いや戸惑いがあれば、断ち切れる筈の刃は即座に何も斬れない刃となる。
 しかし逆に言えば、何も考えずに想いの全てを込めた一撃は、名剣の力を最大限に引き出せる力を秘めている。四葉が先程振るった刃のような一撃ほど、剣術を極めた者ならば必殺の一撃と化す。

「その気持ちだけで十分だよ」
「でも……!」
「仮にまた戦う事になっても、お前にだけは剣を持たせるつもりは無い。そうなる前に全部薙ぎ払うつもりだからな」

 今の修二の実力ならば、咲耶並の力を持った相手でもそう簡単に敗北する事はない。絶対的な力を持っていた華秦のような相手ならば死を覚悟した熾烈な戦いとなるだろうが、今の地下世界にそれほどの使い手はいない。だからこそ、地下世界で異例の事態である地上での居住が可能となっているのだ。だれも好き好んで最悪の相手と戦いたくはないだろう。

「……だけど、またやばくなって、それでお前が能力使って助けたいって思ったら」

 少し躊躇いがちに言葉を切った修二だが、決心したように四葉を見つめて一言呟いた。

「もう俺は止めない。けど無茶だけはするな。自分でやばいと思ったら、すぐに能力を使うのをやめろよ」
「いいんデスか?」
「……使って欲しくないって考えは変わらないけど、どんなに言ったって聞きやしねぇ。だったら、その我侭な妹に使わせないようにするんだったら、できるだけ怪我をしないで相手を倒す努力をするしかねぇだろうが。それにお前の性格考えたら俺以外の人間にも使いかねんし、周囲の人間も護る覚悟も持たなきゃならないだろうな」

 口で言うのは簡単だが無傷での勝利はそうたやすい事ではない。実力に大きな差があればそれも容易い事だろうが、近い強さを秘めた相手ならば手傷を負う事は珍しくない。現に修二も地下から帰ってきた時には全身に細かい傷痕を付ける事となっていた。
 だが己で公言した、四葉に能力を使わせないのであれば、至難の技であろうとも最低限の傷で留めるしか方法がないのだ。

「後4,5年くらいしたらお前を護る為に戦う必要は無くなるかもしれないんだろうけど、それでも俺は、どんな状況だろうが護り通すつもりだ」
「どうして後4,5年なんデスか?」
「あっちもそれだけ経てば平穏になるだろうし、こっちに喧嘩を売りにくる馬鹿も出てこないだろ」

 時を費やせば、崩壊した公司の代わりに設けられた新しい組織が完全に確立するだろう。そうなれば地下世界での争乱の行為はほとんど起こらず、こちらにも旧公司に心酔していた人間が来ることもない筈である。

「じゃあその時兄チャマはどうするんデスか……?」
「進路なんて近くの大学に行く事しか考えてないし、時間かけてやりたい事を見つけるしかないだろうな」
「もう四葉の事を護ってくれないとか?」
「それは流石に無いだろ。お前放っておくと何しでかすか分かったもんじゃないからな」

 未来の話をした時は迷ったような口振りだったが、そこだけははっきりと言い切った。
 たとえ剣を持つ必要が無くなっても、二度と戦う事が無くても、ずっと護り続ける。その誓いだけは時が流れたとしても変わらないと修二は自信を持って言える。

「その頃には四葉は何をやってるんでしょうね……」
「んなもん誰も分からないだろ。自分の足で歩いて望んだ結果でないにしろ、答えはそこまで行ってみないと分からないんだし」

 修二の言葉に四葉は少し笑みを浮かべて、一拍を置いてから軽く呟いた。

「……案外兄チャマの恋人になってたりして」
「なっ……!」

 その言葉に修二が顔を赤くしてうろたえていた。普段愛想が良くないからその様子が可笑しく、四葉はお腹を抱えて大笑いしていた。ひとしきり笑った後、可笑しさのあまり少し流れた涙を拭っていまだ顔を赤くしている修二を見つめた。

「冗談デスよ♪」
「……そ、そーか。冗談か……」

 冗談だと言われても修二の顔はすぐには普通に戻らず、顔を赤くした内心は緊張していた。

(い、今の冗談だったのか……ってちょっと待て! ただ単に恋人って言われただけでなんで俺ここまでドキドキしてるんだ!? 一応四葉は妹だろうが……まぁ義理だから付き合うのは無理って訳じゃないし……俺なに考えてんだ!?)
 
 考えが全然纏まらず、思考が完全に暴走していた。 
 その暴走の原因である四葉は、ただ冗談で言われただけと分かったのにも関わらず、それでもなお平静を保てないでいた修二を見て可笑しいと思ってまた笑っていた。

(兄チャマって意外とこういう事に慣れてないんデスね〜……ってそれは四葉もおんなじデスけど。でも兄チャマ。恋人じゃなくても、大好きだっていうのは冗談じゃないんデスよ)

 まだ先は分からない。しかしこうやって二人が一緒にずっといられる事を四葉は信じていた。
 どんな障害があろうとも、また引き離される事になっても、きっと大丈夫。二人が生きてさえいれば希望はいくらでもあるのだから。
 能力だけではなく、自分自身の力で大切な人を護る決意ができた四葉は、また少し成長したように思っていた。

あとがき
 ども。運悪く四葉誕生日を挟んで試験を行う羽目になり、四葉BDSS執筆を断念せざるをえなくなったクレヴァーです(泣)まぁその代わりで書いた訳ではないのですが、風の記憶外伝の第四話です。
 今回は以前にあった悲しい事がきっかけで思い描いた話です。

 5月某日、シスプリソングを始めとした作詞で有名な、シンガーソングライターの岡崎律子さんがお亡くなりになった事は皆様もご承知の事だと思われます。俺はと言えば初めは信じられず、「誰かの悪戯かいやがらせじゃないのか?」と無理に思おうとしてました。しかしそれがは本当の事であり、聞いているラジオ番組でその事が放送された時、思いっきり泣きました。まぁ思いっきりは言い過ぎなのですが泣いた事に違いはありません(苦笑)
 その後、人の生と死についてちょっと考え、「東京アンダーグラウンドの反魂の能力ってそういう意味じゃ反則なんだろうなぁ」と思いこの作品を書いてみました。
 話の中で生き返る事が卑怯じゃないのか? と書いた所がありましたが、俺はちょっとだけそう思う所があります。確かに生き返る事は良い事と言う人もいるでしょう。俺も考えるまではそう思っていましたから。でもそれは、生き返った人にとって本当に幸福と言えるでしょうか?

 例えば、仮に反魂の能力で自分が生き返ったとしましょう。しかし生き返った瞬間に使用者が死んでしまったとしたらそれはどんな気持ちなんでしょうか。
 もちろんこれは俺個人の考えだから皆さん全員がそういう考えではないでしょう。でも、俺はそこまでして貰って生き返っても心から喜べないです。もしそれが俺にとって大切と呼べる人だったら尚更です。
 物凄く簡単な理屈なら生き返れば幸せとも言えるでしょうが、その為に大切な人を亡くしちゃったら幸せなんかじゃないと思います。かといってこの先どんなに技術が発達したとしても、何の犠牲も無しに死んだ人間を生き返らせる技術が発見される可能性は零に近いでしょうが。
 だから最近では、生きてるのが辛い。だから死んで楽になろうなんて思う人達に対して憤慨する事があります。漫画とかの受け売りですけど、救いはきっと……いえ、必ずどこかにある筈です。それが友達だったり恋人だったり家族だったり。理由は人によって千差万別ですけど、誰かに励ましてもらう事が自分の中で大きな力となるのはすごく貴重で、心の支えになる体験です。
 俺はまぁ家族とか友達がいたから救われたって所が大きいですかねぇ。恋人と言えないのがちょっと悲しいですが(泣)
 どんなに現実が苦しくても諦めないで。生きて自分を変えようと頑張っていればいくらでも変えられる筈ですから。それでも駄目な時は、またいつか走ろうと思う時までゆっくり休んでください。
 とまぁ最後は微妙に説教くさかったり、人から見れば奇麗事だったりしますが、俺の意見だけが正しいって訳じゃないですから、読んで下さっている皆様の参考になれば嬉しい限りです。もちろん参考にならずに、自分の中でちゃんと生きる意味を見つけられてればそれはそれでいいんですけどね♪
 
 他にも参考になりそうな所で言えば、あとがきのネタに使ったガンガンコミックスの「Dear」とか「まほらば」とか結構生きていく上で必要な事が掴めるかもしれないですね。後、今回の話の参考にした「鋼の錬金術師」も生と死とは何なのか問い掛けられる作品です。機会があれば読んでみるのもいいですよ。


クレヴァーさんへの感想はこちら
m-yosio@titan.ocn.ne.jp
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