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 普段は何気なく振舞っている裕希や姉妹達……。

 ……しかし、そんな普段の表情の裏に秘められたそれぞれの思い……。

 大きな壁に阻まれた彼らは今まで思いを打ち明けられずにいた……。そして今日も……。

 もしそれを打ち明けたときに何が起こるのだろうか……。

 これまでの関係の崩壊……?

 それとも…………。


Timepiece phase II
〜第2話〜

原作 裕希さん
著者 神風電波隊さん


 裕希が夕飯の支度を手伝っていると、リビングの方から鈴凛がやってきた。鈴凛は周りをきょろきょろと見渡し、裕希の姿を確認するとすぐに話しかけた。

鈴凛「裕希、そろそろあの番組、始まるよ?」

 その言葉を聞くなり、慌ててその場にいた春歌と白雪に事態を告げる。

裕希「えっ、マジ!? ……あ、もう本当に時間じゃねぇかよ! ……ってことで、俺はテレビ見てくる!」
白雪「はいですの。じゃあ鈴凛ちゃん、代わりに手伝ってくれません?」
鈴凛「りょーかいっ! ……で、アタシは何をすればいいの?」
裕希「えっと、それじゃあ……」

 裕希は今まで自分がしていた仕事内容を簡潔に鈴凛に伝えると、猛然とリビングの方へと走っ去ってゆく。そんな彼の姿を見て三人は苦笑するものの、すぐさまその表情は曇ったものへと変わった。

春歌「……それにしても、裕希君も相変わらずですね。こう見ていると、彼が中学二年生だなんて信じられませんわ……」
鈴凛「ほんとだよ……。裕希って見た目も行動も小学生みたいだもんね。……まぁ、あんなことがあったんだし、仕方ないよ。医師の人だって、『精神があの時のままの状態で止まってしまっていてもおかしくない』って言ってたし……」
白雪「でも、姫はにいさまが笑う回数が前よりも増えてきたと思うんですの」

 白雪の言葉に春歌と鈴凛もうんうんと頷いた。……と、

咲耶「だけど、あんな表情をするのは私達の前でだけよ」
春歌「あっ、咲耶ちゃん……」

 扉の方から聞こえてきた声の方を向くと、そこには咲耶が立っていた。もしかしたら裕希が戻ってきたのかもしれない、と思ってしまった三人は少し焦った表情をしている。

鈴凛「裕希はどうしてる?」
咲耶「大丈夫、今はテレビに夢中よ。……あっ、確か衛ちゃんも一緒に見てたし、四葉ちゃんも一緒にいたわね。……あっ、もしかして、びっくりさせちゃった?」
白雪「ええ、ちょっと……」
咲耶「ごめんね。でも、向こうには鞠絵ちゃんや千影ちゃんがいるから大丈夫でしょ」
春歌「そうでしたか……」

 咲耶の言葉にほっとする春歌。他の二人も同様に安堵の息を漏らしていた。そんな三人に咲耶は話を続ける。

咲耶「それより、私も手伝うわ。そうすれば裕希のリクエスト通り、早く夕飯作れるでしょ?」
白雪「はいですの。それじゃあ、お願いしますの!」

 そして台所では、人数を更に増やして夕飯の支度が進められたのだった。



 〜一方、リビングの方では……〜

 リビングに急いでやってきた裕希はテレビの前を独占し、それから少ししてリビングにやってきた衛も一緒になってテレビを見始めた。また、さっきまでテレビを見ていた花穂他年少組は離れた場所で遊んでいる。……そして、そんな彼らを椅子に腰掛けながら眺めているのは千影、鞠絵、四葉の三人……。

鞠絵「ここ最近よく思うのですが、裕希君が立ち直ってくれて本当に良かったですね……」
四葉「そうデス。四葉はもうあんな裕希クンは嫌デス!」
千影「四葉ちゃん、声が大きい…………。この場には裕希君がいるんだ…………」
四葉「あ……、ごめんなさいデス……」

 慌ててちらりとテレビの方を見る四葉。そこには相変わらずテレビに夢中になっている裕希と衛の姿があった。また、年少組の方もこちらに様子に気付く気配は無く、今も遊び続けている。四葉はほっとした表情になり、安心したように大きく息をついた。

四葉「こっちには気付いていないみたいデスね……。良かったデス〜……」
鞠絵「ええ。……四葉ちゃん、気をつけてくださいね」
四葉「はいデス……」

 しかしほっとしたのもつかの間、すぐに四葉はしょぼん、としてしまう。と、今度は千影が言った。

千影「思うのだが…………、やはりまだ、裕希君は完全に立ち直っていないのだろうね…………」
四葉「……えっ? 何でデスか?」
鞠絵「裕希君がああいう表情をしたりするのはわたくし達しかいない時だけですからね……」
千影「それに…………、まだ私達にさえ…………本当の彼の姿を見せてくれてはいない…………」
四葉「そう言えば、……そうデスね……。学校じゃいつも寝てばっかりデスからよく分からないデス……」

 鞠絵と四葉は小さくため息をついた。

鞠絵「学校で寝る、と言うことは、やはりまだ他の方々を恐れているということでしょうね……。そして、裕希君はその恐れを寝ると言う行動によって回避している……」
千影「恐らくそれが正解だろう…………。まぁ…………、実際どうなのかは彼自身に聞かないと分からないことだが…………」
四葉「だけど……、やっぱりそれは聞けないデス……」
千影「ああ…………。聞くことによって当時の事を思い出し、また以前の状態に…………戻ってしまうことになりかねないからね…………」
鞠絵「はい……。あとは裕希君自身から話してくれるのを待つしかないでしょうね……。幸い、わたくし達には少しだけど心を開いているみたいですし……」
千影「そうだね…………。 …………おっと」

 突然の千影の様子の変化に鞠絵と四葉は驚いたが、すぐにその理由を察した。何故なら、さっきまでテレビを見ていたはずの裕希が衛と共に三人のいる方へとやって来たからだ。

裕希「お〜い、姉ちゃん達、一体何の話をしてたんだよ? 時々俺の名前が聞こえてきた気がするんだけど……?」
四葉「えっと……、そ、それはデスねぇ……」

 四葉がしどろもどろになる。しかし、そんな四葉を横目に千影はさらりと言い放った。

千影「いやなに…………、どうすれば裕希君が…………学校で寝ずに授業を受けてくれるか…………。それを考えていたのさ…………」
鞠絵「それに、裕希君は食事の好き嫌いも多いですからね。それについても色々と……」

 二人の言葉を聞き、四葉は助かった、と言わんばかりに胸をなでおろし、裕希の方はがっくりとうなだれる。衛はそんな三人の様子を見て、三人が何を話していたのかを感じ取ったようで、ほっと息をしていた。

裕希「チェッ……。何だ、そんな事かよ。……まぁ、うすうすそんな事だろうなとは思ったけどよ……」

 裕希はわざとらしく大きなため息をついた。そんな彼の姿を見て周りの四人は苦笑を漏らす。そこへ、今度は台所のメンバーが夕食を運んできた。

鈴凛「……みんな〜、夕飯出来たよ〜。……って、何話してるの? 何だか楽しそうなんだけど……」
裕希「べ、別に何でも無ェよ……」
衛「どうやったら裕希君が学校で寝ないで授業を受けられるか……」
裕希「……あっ、衛! 言うなよな、それ!」
四葉「あと、裕希クンの好き嫌いの話もデス!」
裕希「四葉、お前まで言うか……」

 裕希はまたしてもがっくりとうなだれる。彼を囲む姉妹達はくすくすと笑う。

春歌「あらあら、そうでしたか。……まぁ、何はともあれ、早く夕御飯にしましょう。」
咲耶「そうね。それに裕希、好き嫌いなんてそのうち自然に解消できるわよ」
白雪「そうですの! だから、さめない内にご飯食べて下さいですの!」

 咲耶たちになだめられ、裕希はいつもの調子に戻った。そして素早く自分の席に着く。それに続いてその場の姉妹達、更に、さっきまでテレビの脇で遊んでいた年少組もこれに加わり、賑やかな夕食が始まる。

裕希「姉ちゃん、早く早く! 俺、もう腹が減ってしょうがねぇんだよ〜!」
咲耶「はいはい、分かったわよ。……それじゃあ、みんな揃ったことだし……」

 咲耶がそう言うと、全員が声を揃えた。

全員「頂きま〜す!」


 …………

 ………

 ……

 …


 全員が夕飯を食べ終わり、後片付けも終わり、今は年少組三人が揃ってお風呂に入っている。……そしてリビングには残りの姉妹達の姿があった……。

咲耶「やっぱり千影達もあの時の事を話してたんだ……」
千影「ああ…………。私が思うには、彼自身は殆ど自覚が無いだろうね…………」
鈴凛「そうだね。無意識にそうしている可能性は十分あるし……。……ま、裕希がそこまで考えているとはあんまり思えない、ってのがぶっちゃけた意見なんだけどね」

 鈴凛はそう言って苦笑した。……しかし、その時鞠絵が意外な発言で言い返す。

鞠絵「……でも、ちゃんと考えているときもありますよ。例えば、今日の学校でのお昼の時なんか……」
衛「えっ? 今日のお昼に? ……そんなことあったかな……?」

 その時その場にいた衛・鈴凛・四葉・可憐の四人が頭をひねる。すると、四葉がはっとしたように大声を上げた。

四葉「……ああっ! もしかしてお弁当箱デスか!?」
咲耶「バカッ! 声が大きいわよ! ……まぁ、裕希本人は今、自分の部屋にいるだろうから大丈夫だろうけど……。 ……それで、お弁当箱がどうしたって?」
可憐「あの、可憐、お昼はお兄ちゃんやお姉ちゃん達といつも一緒にお昼を食べているんだけど、お兄ちゃんのお弁当箱、何か少し壊れているみたいで……」
衛「ああ、そう言えば……。それでボク、新しいの買ってもらえば、って言ったんだけど、裕希君は『まだ完全に壊れてないからこれでいい』、とか言って……」
咲耶「そうだったんだ……」

 可憐と衛が記憶を掘り起こしてそれを話す。咲耶や他の姉妹達は彼女らの話を熱心に聞いている。そして今度は更に鞠絵が話を続けた。

鞠絵「ねぇ、鈴凛ちゃん、衛ちゃん、四葉ちゃん、可憐ちゃん。その時裕希君が『これでいい』って言った後に更にもう一言言っていたのに気付きました?」

 鞠絵がそう言うと四人は目を丸くし、首を横に振った。

鞠絵「あの時、わたくしには聞こえたんです。確かにあの時裕希君は『弁当箱代も結構馬鹿にならない』……。そう言ったのが……」
咲耶「あの子ったら……、そんな事言ってたんだ……」

 すると今度は、さっきから話を聞いていた白雪が驚いたように声を上げる。

白雪「……それじゃあ、にいさまのお弁当箱って壊れてたんですの?」
鈴凛「えっ!? 裕希のお弁当箱、ゴムで縛ってるの白雪ちゃんか春歌ちゃんじゃないの?」

 すかさず今度は鈴凛が言い返す。今度は白雪と春歌が目を丸くした。

春歌「ワタクシ、裕希君のお弁当箱が壊れているなんて初耳ですよ?」
鈴凛「えっ? そうなの? ……それじゃあ……」

 鈴凛が思わず頭をひねった。

 さて、この家での弁当に関するシステムはちょっと変わっている。この13人家族の中で基本的に料理を担当しているのは白雪と春歌だ。(他にも作ることの出来る者はいるが、あくまで二人の手伝い程度の役でしかない)そして、この家族は13人という大所帯の上、全員が学生のため、毎回作る弁当の量も半端ではない。それでいつ頃からか、弁当を作り、それを弁当箱に詰めるところまでは料理担当の二人が行い、それから先の包装作業(弁当がある程度冷めるまで待ってから蓋を閉じ、それをナプキンでくるむ作業)はそれぞれの弁当箱の持ち主(弁当箱はそれぞれが管理している)が行う事になった。(年少組に至っては年長の姉達が管理しているが)

 また、料理同様、食器を洗ったりするのもまた料理担当の二人なのだが、これにもちょっとした決まりがある。それは、帰宅後、夕食までに弁当箱をシンクに出しておけばいつも通り二人が夕食の片付けの際に洗ってくれるのだが、もしも出し遅れるようなことがあれば、その時は自分で弁当箱を洗わなければならなくなってしまう、と言うものだ。

 この二つのシステムにより、基本的にそれぞれの弁当箱が料理担当の二人に長く保管されることは無くなった。その上裕希はあのがさつな性格故、弁当箱を出し遅れるのが日常茶飯事と化しており、しょっちゅう弁当箱は自分で洗う羽目になっていた。そのため、そんな彼の姿には姉たちも次第にまたいつものことか、と気にすることも次第に無くなっていった。
 ……そして、このシステムの存在と、裕希がああいう性格であったからこそ、裕希の弁当箱が両端等の二人の目に付くことは少なくなり、裕希の弁当箱の破損には誰も気付かなかったのである。

白雪「ちょっと待ってて下さいですの! にいさまのお弁当箱、取ってきますの!」
可憐「……えっ? でも、お弁当箱はお兄ちゃんのお部屋に……!」

 裕希が部屋にいるのならば弁当箱を取ってくることは出来ない。もし貸してくれと頼んでも、裕希ならば間違いなく断るであろう。しかし、そんな可憐の心配を千影が制した。

千影「いや…………、大丈夫だ…………。彼なら今、雛子ちゃん達と入浴中だ…………」
可憐「あ、そっか……」

 その言葉に安心した可憐は胸をなでおろす。実際裕希は、時々年少組みの入浴の世話をされることがある。そんなわけで、今裕希は雛子、亞里亞、花穂の三人と一緒に入浴中なのだ。そして白雪は改めて小走りに裕希の部屋へと向かった。

千影「多分裕希君は…………わざとその事を隠していたのだろうね…………。私達に迷惑をかけないように、ってね…………」
鈴凛「別にそれくらいのこと、迷惑とも何とも思わないのに……」

 鈴凛の言葉にその場の全員がうんうんと首を縦に振った。そして、それから少しして白雪が戻ってくる。

春歌「白雪ちゃん、お弁当箱、見つかりました?」
白雪「はいですの。勝手に鞄を開けてしまってにいさまには悪いと思ったんですけど……。 ……あ、それでこれがそうですの。やっぱり鞄の中に入ったままでしたの」

 そう言って白雪は春歌にその弁当箱を手渡した。そして春歌は少し眺めてから蓋をはめたり外したりを数回繰り返す。

春歌「……確かに、かなり蓋が外れやすくなっておりますわね……。何もしていなければ、間違いなく鞄の中で中身が出てしまいますわね……」
鞠絵「やはりそうですか……。あの時も裕希君はゴムで縛っておかないと中身が出てしまう、と言った事を言っておりましたし……」
咲耶「はぁ、分かったわ。新しいお弁当箱、私が買っておくわね……。 ……それにしても、もう少し私達に甘えてくれてもいいのに……」
衛「でも、やっぱり恥ずかしいんじゃない? 裕希君、男の子だし、それにもう中学生なんだし……」
鞠絵「それもあるでしょうが……、多分裕希君は、現時点でも迷惑をかけてるからこれ以上は……と考えているのではないでしょうか……?」
春歌「それはもしかして、まだワタクシ達の事を家族だと思っていない、と言うことでしょうか……」
千影「いや…………、むしろその逆じゃないかな…………」
衛「逆?」
千影「ああ…………。恐らく裕希君は…………ちゃんと私達の事を家族だと思ってくれているだろう…………。ただ…………、これ以上甘えるようなことがあれば、私達が彼から離れていく…………。そう思っているんじゃないかな…………」
四葉「そんな……! そんなこと、絶対にないデス! ……それに四葉は、裕希クンと絶対に離れたくもありマセン!」

 四葉が声を上げた。何人かの妹も首を縦に振る。

千影「ただ…………、裕希君の過去を考えると…………」

 が、今度の千影の言葉にその場の全員が黙りこくってしまう。それは裕希の過去を知っているからこそである。

 ……と、ちょうどその時風呂に入っていた年少組がリビングへとやってきた。

雛子「……ありり? みんな、どうして暗いお顔してるのぉ?」
咲耶「べ、別になんでもないわよ! それよりもほら、3人ともちゃんと頭拭かないと風邪引いちゃうわよ? ねぇ、だれかタオル持ってきてくれない?」

 年少組の登場に驚いたものの、咲耶はすぐにいつもの表情に戻った。そんな咲耶の言葉に可憐と白雪が椅子から立ち上がる。すると今度は衛が周りを見渡して声を上げた。

衛「……あれ? 裕希君は?」

 確か裕希は年少組と一緒に風呂に入っていた筈だが、風呂から出てきたのは雛子、亞里亞、花穂の三人だけだ。そんな衛に言葉を返したのは花穂だった。

花穂「えっと、お兄ちゃまが先に出てていい、って言ったから花穂達はみんなで出てきたんだけど……」
咲耶「そうなの……。何も無いとは思うけど、念のために衛ちゃん、裕希の様子を見てきてくれる?」
衛「うん、分かった」

 衛はそう返事をしてから風呂場のほうへすたすたと歩き出した。





 〜一方、風呂場では〜

(はぁ〜……、やっぱ、誰かに話した方が気が楽になるのかな……)

 湯船につかる裕希は目を閉じながら一心にあることだけを考え続けていた。

(……でも、話すにも簡単に話せる内容じゃねぇからな……。 ……一体どうすりゃいいんだよ……)

 ……そうは思っているものの、結局何度考え直しても辿り着く結論は一つだった。……しかし、その結論となる行動を起こせるかどうか……。その一歩を踏み出す勇気がなかなか出ないのだ。

 ……その時、

衛「ねぇ、裕希君……、いるよね?」

 ノックの音の後、そんな声が聞こえてきた。

裕希「衛か……。いるけど、どうした……?」
衛「いや、雛子ちゃん達3人だけが先に出てきたからどうしたのかな、と思ってさ」
裕希「そのことか……。ちょっと考え事をしたくてな……」
衛「考え事?」
裕希「ああ……。あと、あいつら3人の相手をしてるとのんびり風呂に入れないからな……。一人でゆっくりしたかったんで、あいつらには先に出てもらったんだ。特に雛子なんかは相手をするのに疲れるからな……」

 裕希がそう言うと、衛も苦笑した。

衛「あははは……、確かにそうかもね。ご苦労様」
裕希「全くだ……。 ……あ、でも俺ももう出るから」
衛「あ、分かった」

 そう言って更衣室から衛は出てゆく。そしてそれに続くように裕希は風呂から上がり、更衣室へと戻る。それから素早くパジャマに着替えると、部屋から出たのだった。



 ……ゆっくりと歩きながらリビングに向かう途中、裕希は先ほど風呂場で考えていたことを再び考え直していた。……いや、実のところ、考えていたと言うよりも、思い出していた、と言う方が正しいのかもしれない。忌まわしいあの過去の惨劇の事を……。
 でもそれはこんな廊下で考えることではない。裕希は無理矢理余計な考えを振り払うと、リビングの扉を開けた。すると、すぐさま裕希に声がかけられた。

可憐「あ、お兄ちゃん。出たんですか?」
裕希「ああ、ついさっきな。ところで、次に誰が入るかは決めたか?」
咲耶「そうねぇ……。じゃあ、鞠絵ちゃん、入る? ……っと、それより裕希、あんたもちゃんと頭拭かないと風邪引くわよ?」

 咲耶はそういうや否や、近くにおいてあったタオルを取ると強引に裕希の頭を拭きにかかった。結局裕希は気が進まない様子ではありながらも咲耶に従う。そして、そんな二人を苦笑しながら眺めつつ、鞠絵は席を立った。

咲耶「もうちょっと我慢しなさいね、裕希。……因みに鞠絵ちゃんの後は誰が入る?」
鈴凛「私はいつも通り最後でいいや。やりたいこともあるし……」
千影「私も…………後の方で構わないよ…………。何かあったら部屋に来てくれ…………」
春歌「では、後ほどワタクシが呼びに参りますわ」

 春歌の言葉に二人は言葉を返すと、各々の部屋へと戻っていた。そして、そんな間に裕希の髪は大分乾いていた。

咲耶「はい、おわり」
裕希「あ、ありがと……」

 咲耶が髪を拭き終えると同時に背中をぱん、と叩くと、裕希が少し恥ずかしそうに返事をした。……直後、トレイにお茶の入ったコップをのせた白雪が台所からやって来たので、暫くの間、残りのメンバーでわいわいと話をすることにしたのだった。


 …………
 ………
 ……
 …


 ……それからどれくらいの時間が経っただろうか。気がつけば時計の針は10時を示していた。年長組のメンバーにとっては大した時間ではないが、年少組の方はと言うと、かなり眠そうな表情で時折瞼を擦っている様子が見られる。

咲耶「あ、もうこんな時間なんだ……」
鞠絵「雛子ちゃん、亞里亞ちゃん、花穂ちゃん、もうお部屋に戻りましょうね」

 そう促す鞠絵に対して三人は『もっと一緒にお話をしていたい』、などと駄々をこねたが、鞠絵と咲耶の説得によってしぶしぶながらも納得したようだった。そんな三人を部屋へと送るために可憐や白雪が立ち上がり、手を取って歩いてゆく。

春歌「それじゃあ、3人ともおやすみなさい」
3人「は〜〜い」

 三人の若干眠そうな返事の後、間もなくして3人と2人の姿は扉の向こうに消えた。と、今度は衛が一つ大きな欠伸をした。

衛「それじゃあ、ボクももうすぐ寝ようかな……」
鞠絵「そうですね。 ……でも、裕希君はどうしましょうか?」
咲耶「そうね……、私達が寝る時にでも起こせばいいでしょ。……仮に起きてくれなくても、裕希は体重軽いから簡単に運べるし大丈夫よ」

 裕希は話の最中で椅子に座ったまま机に突っ伏して寝てしまったのだ。無理に起こすのも悪いと思い、今まで誰も起こそうとはしなかったのだが……。
 ……すると今度は扉の方から声が聞こえてきた。

鈴凛「何? こんな場所で裕希寝ちゃったの?」
四葉「鈴凛ちゃん、どうしたんデスか? いつもは部屋とかにこもると全然出てこないのに……」
鈴凛「さっき千影ちゃんがお風呂が空いた、って呼びに来たからね……。それじゃあ、私はお風呂に入ってくるね」

 そう言って風呂に向かう鈴凛に咲耶が声をかける。

咲耶「……それで、当の千影本人は?」
鈴凛「さぁ……。 ……またいつもみたいに部屋に戻ってるんじゃない?」
咲耶「それもそうね……。それじゃあ、お風呂出たら電気消しちゃっていいから」

 鈴凛はその言葉に簡単な返事をすると再び風呂場へと歩を進める。


 …………
 ………
 ……
 …


 更にそれから暫くして、思い出したように四葉が言った。

四葉「そう言えばさっきから可憐ちゃんと白雪ちゃんが戻ってこないデスね?」
咲耶「多分一緒に寝てるんじゃない? 雛子ちゃんと亞里亞ちゃんなんかまだあの年だから……」
四葉「それもそうデスね……」

 咲耶の言葉に四葉は納得したようだ。そしていつの間にか時刻は11時を回っていた。そろそろ残りの大半メンバーも就寝の時間だ。

鞠絵「そろそろ裕希君を起こした方が良いのではないでしょうか……」
咲耶「そうね……。 ……ほら、裕希! 起きなさい! 寝るなら自分の部屋で寝なさい!」

 咲耶が裕希の肩を揺すりながら起こそうとするが、前にも述べたとおり、裕希はちょっとやそっとで起きるような人間ではない。そんな裕希の様子に咲耶たちは呆れたようにため息を漏らす。

鈴凛「相変わらずだね、裕希……」
咲耶「全く……、起こす方の身にもなって欲しいわ……。 ……仕方ないわね。私が部屋まで連れて行くわ」
鞠絵「……そう言えば、裕希君は今夜分のお薬飲まれましたっけ?」
四葉「え〜っと…………。 ……あっ! まだ夜の日の分は飲んでないデス!」
咲耶「それじゃあ起こさないと駄目じゃないの……。鞠絵ちゃん、薬の用意してくれる?」

 鞠絵はすぐさまリビングから出て行った。そして咲耶はというと……、

咲耶「えっと……。 ……あ、あったあった」

 部屋を少し見渡してから、あるものを手に取った。

四葉「咲耶ちゃん……、そ、それは……」
鈴凛「……黄金のハリセン……」

 四葉と鈴凛が驚愕の表情で咲耶の持っている物を見る。それは一部の姉妹からは通称『黄金のハリセン』と言われ恐れられているものだ。どこで購入したものかは分からないが、いつか咲耶が裕希を起こすためにと買ってきたものらしい。主にこれは大声の出せない夜や緊急時に使われるのだが、この痛さは並大抵のものではない。以前なかなか起きない鈴凛がこの一撃を食らったことがあるらしいが、そのときの感想はたった一言、『本気で死ぬかと思ったよ…………』。

鈴凛「……それ、やるの……?」
咲耶「ええ」

 鈴凛の言葉に咲耶はただ一言で返した。表情はいつものものだが、何か鬼気迫るものを感じずにはいられない表情でもある。
 そして咲耶はついにその一撃を振り放った……。

咲耶「起きろぉ〜〜っ!!」

 バシーーンッ!!!

裕希「ぐっ…………!!」

 夜のリビングに軽快(?)な音が響き渡ると同時に裕希がゆっくりと目を覚ました。

裕希「痛ててててて……。 …………。 ……ああ、おはよう……」
咲耶「ようやく起きたわね……。裕希、因みにまだ朝じゃないわよ。早く自分の部屋で寝なさい」

 裕希は周りを見渡してからようやく事情を察したように呟いた。

裕希「そういやそうだっけ……。 ……って、姉ちゃん、またそれ使ったのかよ……」
咲耶「いいじゃない。こうでもしないと起きないんだから」
裕希「起こすのは構わないけど、それだけは勘弁しくれよ……。慣れてないとかなり体に悪いぞ、それ……」
鈴凛「裕希は慣れちゃったのか……」
四葉「あまり慣れたくありマセンね……」

 裕希と咲耶のやり取りに鈴凛と四葉は身を震わせる。そしてそれと同時に鞠絵がリビングに戻ってきた。

鞠絵「お薬、持ってきましたよ」
咲耶「ありがとう、鞠絵ちゃん。ほら裕希、早く飲みなさい」
裕希「あ〜〜〜、めんどくせぇな……」
咲耶「文句言わないの! ほら、さっさと飲む!」
裕希「へいへい、わ〜〜ったよ……」

 そして裕希は鞠絵から薬と水の入ったコップを受け取ると、素早く喉に流し込んだ。

裕希「そんじゃ、お休み……」
全員「お休みなさ〜い」

 そう言って裕希もまたリビングから去っていった。

鞠絵「それじゃあ、わたくしもそろそろ……」
四葉「四葉もも寝るデス……」
咲耶「そうね……。じゃあ私も……」
鈴凛「うん、じゃあお休み」

 残りのメンバーも互いに挨拶を済ませると各々の部屋へと戻っていった……。



3話に続く……


 〜後書き〜
相変わらず神風さんに頼りっきりな裕希です。
さて、前回から多少気づいている人もいると思いますが……、今回でよりいっそう裕希の謎が深まりました♪(ぉぃ)
次回から少しづつ裕希の謎が明かされるはず(ぇ)なので、次回作を楽しみに待っていてください!☆
後、感想メール(文句メールでも可)は随時募集していますが、ウイルスなどはお断りです(汗)

(裕希)


 どうも、おはこんばんにちは。(←死語)神風電波隊です。スランプに陥ること数ヶ月間、ようやくのことで完成させた第2話。それでもまだ先があるので、頑張らなければ裕希さんに申し訳ない……。_| ̄|○i||i

 さて、裕希さんも書いておりますが、今回の話でさらに裕希(話のキャラクターの方)の謎が深まりました。彼の過去に一体何があったのかは次の話辺りから段々と明確になってきます。……それにしても僕にこんなシナリオは全く考え付きません。凄いです。僕の文章が話の良さを失わせていないといいのですが……。(汗)

 因みに最後のハリセンのくだりは僕がアドリブで追加したもの。裕希さん(原作者の方)も結構気に入ってくれたようで幸いです。

 では、また。

(神風電波隊)


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