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  燦緒へ
 段々島の緑が濃くなってきた。こんな季節の移り変わりを、君や皆井も感じられたら良いのに
 こんな時に僕は妹たちとあることをしなければならなくなってしまった

 ……僕らの気持ちも知らないで…


「はぁい、それじゃあ今のところをもう一回!!」
「はい」
「衛ちゃん、姫の台本取ってですのー♪」
「ここの台詞の解釈なんだけどさー」
「あえいうえおあおあいうえお、かけきく…」
「この竹垣に竹立てかけたのは竹立てられぼべべべへ…」


 …ハハ、そんな馬鹿な…

 


シスタープリンセス The animation 
第6話 Glory glory 〜十二人の優しい姫君〜
前編

作者 D、B、N、TIさん


              ―SCENE1 頂上かしのき公園運営委員会より緊急事態発令 ―

 昼時はちょっと過ぎ、3時のウェルカムハウス。
 13人の兄弟という大家族が住んでいると有名なこの家から、いつもは聞かないような棒読みな言葉が聞こえてきた。
「あぁ王子様…貴方は一体どこにいるのでしょう?」
 声は確かに可憐のものだ。しかし、彼女は普段からこんなことを言っていただろうか?
「駄目よシンデレラ!」
 そこに乱入してくるのは咲耶の声だった。可憐の声と比べるとかなり感情の入り方が本物っぽい。だがやはりなんか違っていた。
「オ、オーロラ姫!(棒読み)」
「王子様なんて期待するほうがおかしいわ…」
「そんな、何てこというの言うのオーロラ姫!?(棒読み)」
「王子様は来ないわ…私は確信を持てるの!あの野郎は私が糸車に指されて眠り続けていたというのに、何年待ってもちっとも来なかったのよ!」
「そんなことは…(棒読み)」
「貴方は来てくれると断言できるのシンデレラ!?」
「そんなことより、私のことをそんな風に呼ぶのはやめてください!『シンデレラ(灰を被っている)』なんて、愚弄にも程があります!(棒読み)」
「じゃあ、貴方の本当の名前はなんなのよ!」
「……なんだろう?(素)」
 本当になんなんだ!?この子達?
 なんだかいつもと雰囲気が…
「はぁーい、ストップ!」
 そこにさらに割り込んでくるもう一種類の声。
 男性のものだ。ウェルカムハウスにいる男は航以外いないはずなのだが、何故かその声はえらく低い感じがする。少なくとも航のではないと断言できる。
 それもそのはず、それは航ではなく初めて見る顔の男だった。
 類まれな銀色の髪を短く刈り込んだ小柄な男である。ビートたけしを細くしたような感じと思ってくれれば良いかもしれない。
 細身のたけしは顎に手を当てると、一冊の本を片手に何やら困った感じを隠せないでいた。
「まずは感情が篭ってないね。それと動きが鈍い」
 そして、おもむろに可憐と咲耶に駄目出しを始めた。
「シンデレラの動きは今までの動きをもうちょっと静々させてくれれば良いけど、オーロラ姫はクールにしてほしいな」
 本当に何者なんだこいつは?
「そんなこと言ったって、早々できるものじゃないですよ」
 その男に対してボヤく咲耶。この様子から見ると妹たちと何時の間にやら知り合いになっているらしい。
「まぁ、突然の立ち稽古に戸惑っているだろうけど、そこら辺は慣れてもらうしかないね」
「確かにそうですけど…10歩譲ってそれは納得するとしても、なんで肝心のお兄様が…」
 咲耶はウェルカムハウスの庭の端をビシッと指差した。
「裏方で大道具やってるのよ!?」
 全員の首がそちらへと向くと、彼女たちの兄は物干しの近くでせかせかと鋸を振るって下絵を描いたベニヤ板を切っていた。
「そうだよそうだよ」
 銀髪の最も近くにいた雛子が文句に追い討ちをかける。銀髪はやはり顎に手を掛けながら、
「まぁねぇ、そこら辺は悪いことをしたと思うけど、せっかくの男手だし…こちらとしても裏方が演出の私だけってのはねぇ…」
「でも…」
「それに、最初からこの話に男性キャストはいないしね…さぁ、それじゃもうちょっとやって休憩にしますか!」
 その男の言葉を聞いて、妹たちは渋々ながらに頷き、元いた配置へと戻っていった。
 演出。さっきこの男はそう言った。この様子から見て舞台の演出が生業らしい。
 しかし何故、このウェルカムハウスにそのような仕事をしている人間がいるのか。
 全ては彼が手に持っている一冊の本に隠されていた。
 その本には、ワープロ書きの大文字で、『十二人の優しい姫君』と書かれていた。


 ことの発端は昨晩8時のウェルカムハウス。
 13人の兄妹という大家族が住んでいると有名なこの家からは、今日も可愛らしい少女たちの笑い声が…
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「そこだぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 訪れるもの全てを暖かく包む空気が…
「今だ今だ今今、そこをぉぉ!!」
 は
「やれぇぇぇぇだりゃぁぁ!!!」
 …今日に限っては全くといっていいほどなかった…
 この日はK1ファイター『アトノマツリVS濁酒一気飲み』の王者決定戦がある日であり、今まさにその勝敗が付くか付かないかという瀬戸際だったのだ。
 なんかどちらが勝っても先がないような名前の格闘家2人だが、それでも列記としたプロだし、ここまで勝ち抜いてきてる。そしてこの兄妹が応援しているのは後者『濁酒一気飲み』である。その名の通り、勝った時に濁酒を一気飲みするという半ば命懸けなパフォーマンスが好評の格闘家である。
 世の中おかしいだろ…なんか。
 そして壮絶なまでのラストファイト部分を一気に端折って、軍配は見事濁酒に上がった。
『YAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!!』
 同時に妹たちのボルテージも最高潮にヒートアップ。もはやリビングの円卓をリング代わりに大喜びも良いところといった13人+α。女の子の叫び声は甲高く、そのうえ跳ねるし吠えるしで、もはや無法地帯であった。
 いつもだったら歯止め役とならなくてはならない航と千影の最年長コンビも、今日に限っては2人でジョッキを傾けている。当然中身はジュースだが、年長同士には2人なりの喜び方があるようだ。
 そんなわけで無法地帯である。つい最近兄妹に加わった新妹の眞深ももちろんそのボルテージに便乗をしていた…
「ばんざーい!ばんざーい!ばんざ…」
 ピタッ!!
 そして止まった。大音量の超高音の渦の中、1人世界が違うかのように停止している。
 ……ち、違う!何をしているのだ自分は…!
 なんかここに来てから数週間、自分がおかしくなっていくような気がするのだが…
 そう、実際彼女は航たちの兄妹であるという確証が他の子以上に薄い……などと言ってしまっては、今後のストーリー展開的に非常に拙いことになるので大っぴらに公言できないのだが、どちらにせよとこの家族の中では一番付き合いが短い。変わり始めている自分に多少なりとも気付き始めて、それに対しての恐怖心も感じているのではないだろうか?
 ここの長男様がそうであったように…
 そんな彼女だったからこそ、この紛争地帯も同じ昨今の世(家)の中の僅かな変化に気付くことができたのだ。
 ピンポーン!
 それがこのインターホンの音である。
「!? はーい!」
 眞深は自分以外の誰もそれに気付いていないことを確認すると、ため息交じりで玄関の方へと向かった。
「はいはいはいっと…どちら様?」
 ガチャっと扉を開ける眞深。
 そこには紳士服の壁が築き上げられていた。
「?」
 何事だ?ゆっくりと顔を上げていく眞深は、その紳士服の先端にくっ付いていた老人と目が合った。顔はじいやであったが、今になってそれに驚く人もいない。それに眞深はこの人たちとはさほどの関係も持っていなかったため、珍客に戸惑いはしたがさほどの動揺はしなかった。
「ハイ今日は」
「………今日は」
「ウェルカムハウスの方ですね?」
「はぁ…そうなんでしょうけど…?」
「御家の方は?」
「えっと…この場合はあんちゃんなのかな?ちょっとお待ちくださいね…あんちゃぁぁん!!!」
 大歓声の中を貫いた眞深の声は、かろうじて航の耳へと届き、こちらへと振り向いてくれた。
 そして目を丸くした。
 別にじいやに驚いたわけではない。無礼講真っ最中に客人が入ってくれば、そりゃあ驚くのは当然だろう。
 10秒後、妹たちは怒涛の勢いで部屋を片付け、同じくらいの勢いで円卓へと戻った。
 客じいやはこれといって気にした様子もなく、部屋へと通され、ここから全ての事件が始まっていくのであった。
 ちなみに、ぶっちゃけた話この一騒動は今回の物語では何の意味もないので、あしからず。

 改めて話を始めよう。
 ウェルカムハウスにやってきた老紳士(顔はじいや)は、名刺によると『頂上かしのき公園運営委員会』というものの会長さんらしい。
 かしのき公園というのは、このプロミストアイランドの頂上、つまりはあのマッキー像が建てられている公園のことである。そこに運営委員会なんてあったんだと驚きを隠せない兄妹たちであったが、どうやら今度そこに屋外コンサートホールが完成したらしく、その旨をわざわざ伝えに来てくれたそうだ。
「それはそれは…わざわざどうもありがとうございます」
『ございまーす!!!!!!!!!!!!』
 航の言葉を妹たちが復唱する。なんとしてでもさっきの光景を忘れさせようと必死なのだ。
 老紳士は話を進める。
「そこでですね、今回それを記念してそこに劇団の方々を招待して舞台を行ってもらおうと…」
「えっ!それってどんな劇団!?」
「へっ?」
 そーら、妹たちが飛びついてきた。やはりこういう催し物は大半の子が好きなようだ。春歌や亞里亞、四葉なんかは外国育ちだから舞台にも慣れ親しんでいることだろう。皆が身を乗り出すように興味を持ち始めた。
「え…あ…その…」
 いきなりの質問攻めに戸惑う老紳士。
「まぁまぁ、落ち着きなって皆。そんなにいっぺんに言うなよ」
 妹を落ち着かせ、とりあえず着席させる航。
「質問は1つにしなきゃ…どんな劇団が来るんですか!?」
 って、結局お前も気になってたのかよ!
 一拍おいて、ようやく老紳士が口を開き始めた。
「えぇ…確かに劇団の方々を招待して舞台を行ってもらおうと思っていたのですが…」
 ……思っていた?
 なんか段々と雲行きが悪くなってきたような…
「実は来ることになっていました劇団が、諸事情により来られなくなってしまいまして…」
 途端に妹たちから「えぇー!!」とブーイングが飛ばされる。
「そう言わないでください。向こうには向こうなりの事情が…」
「どんな事情なんですか?」
 秒間すら空けない可憐の突っ込み。こういう時に彼女は脅威である。
 老紳士は少しだけ躊躇した後に意を決したように、
「……電話では、なんでも来る途中に地盤沈下に巻き込まれたとか…」
「おいおい、本当に来る気あったんだろうなその劇団!?」
 さすがの航もこれには突っ込んだ。
 ちなみにこの島にいる限り、どっかでそんな大層なことがあったというニュースは聞いていない。っというか巻き込まれたとか言うくせに電話で救助要請ではなく仕事のキャンセルするなんて、随分と余裕あったんだな…
「しかし、本当のことなんですぅぅ!」
「だあぁぁぁ!わかりましたって!」
 よほど航の発言が応えたのか、もしくは言いたくなかったのか、老紳士は泣き顔になりながらも航に急接近をしてきた。
 じいやフェイスは見慣れているといっても、この急接近だけは慣れることがない。
「…ところで…その劇団が…来れなくなってしまったことに…対して……島の皆は…なんと言ったの…ですか?」
 妹全員ががっかりしている中、たった1人だけ気にしていない顔を保っている千影が訊くと、案の定老紳士は、
「いえ、まだ何も」
 と言い張りやがった。
『……え?』
 これには兄妹全員が口を揃えた。
「それはつまり…僕たちが一番最初ってことですか?」
「はい。っと言いますか、私は別に報告に来たというわけではないのですよ」
「んじゃ、なんだというんですか?」
「実はですね。私は皆さんにその劇団の代役をやっていただこうと思いまして」

 閑古鳥が、飛んだ。

『……はい?』
 またしても兄妹全員が口を揃える。
「いや皆さん、息がピッタリですな…」
「んなこたどうでも良いんですよ!?なんですかそれ!?」
 航が身を乗り出して顔を近づける。今度ばかりは嫌がるもへったくれもない。妹たちも状況が理解できずガヤガヤと騒がしくなり始めた。
「……あえて…私たちを選んだというから…には……何か理由が…あるのでしょうね?」
 1人冷静な千影。だが、その目はなかなかに鋭くなっていた。
 「はい」と老紳士は力なく頷く。
「実は…このウェルカムハウスは、この島の公共物の1つに示されておりまして…そこに住んでおられる貴方方はそのことから島の行事には必ず出席しなければならないという義務になっておられるのです」
 ………………こういうのを偏に爆弾発言というのだろう。
『ぎ、義務ぅぅぅ!?!?そんなこと聞いてないですよ!誰からも一言も!!』
 『ぎ』で躊躇するところから何もかも完全に声を合わせる14人。もはや技としては匠の位だろう。
 老紳士はよりいっそう戸惑うが、それでも喉から声を絞り出す。
「とはいいましても、もはや我々が頼むことが出来る団体はここしか…」
『団体じゃないし!』
 なんか今日はやけに調子がいいなこの兄妹…それとも同時に変なことを押し付けられた同一の気持ちがそうさせているのか?
「当日までは後1ヶ月もあります。練習時間は用意されてます!?」
 1ヶ月しかないの間違いではないのだろうか?
 老紳士は終いには頭すら下げた。
「お願いします!もう広告8000部は刷ってしまったのです!幼稚園の子も、本土からのお客さんも一杯来るんです!脚本と演出家はちゃんと決まっておりますから、どうかどうかぁぁぁぁ!!」
 あの不動産屋には、騙されていたのではなく、図られたということが今になって再び理解できてきた。
 このウェルカムハウスに実はそんな秘密が隠されていたという事実を、今頃になって知るなんて考えてすらいなかった。
 そして、ここまで言われているというのに、自分らを頼ってきた客に対して『帰れ』と言うことも、この兄妹はできなかった。

                   ―SCENE2 立ち稽古はタジタジ ―

 翌日、朝方は10時のウェルカムハウス。
 銀髪の演出家『ドビンチ』氏が島へとやって来た。
 なんでもフリーの脚本家兼演出家らしく、ドラマやら映画やらで活躍してたりしてなかったりする、その筋では有名な人らしいが、いかんせん兄妹は彼のことなどこれっぽっちも知らなかった。
 しかし、その時の妹たちは彼がどんな人間だろうが関係ない。
 前日に渡された台本を一応読んでいた妹たちは、どうしてもこの男に言いたいことがあったからだ。
 このお芝居には男性キャストが存在しない。
 妹たちはそれが我慢できなかった。徹夜で熟読した咲耶なんかは王子様が出るシーンを探していたために一夜を費やしたようなものだった。
 したがって今ここにはいない。彼女は現在自分の机で寝ている。
 それでも抗議する子はちゃんといるのだ。
「はいはい皆さん、ちゃんと台本はお読みになりましたかな?それでは1回本読みをしたらさっそく立ち稽古に…」
「あの、質問が…」
「はい?」
 それはなんと鞠絵だった。彼女は1度の熟読でおおよその内容とテーマと脚本家が伝えたいことを理解することができる、言うなれば高い読解力の持ち主なのだ。だからこそわかったのだろう。
 このお話が………結局は何を言いたいのかさっぱりわからないことに!
 このお話、『12人の優しい姫君』のストーリーを大まかに話すとこんな感じである。

 『 昔々、ある国に1人の王女様がおりました。王女様の名前は『シンデレラ』。ただのあだ名だったはずなのに、未だにその名前で呼ばれているシンデレラはある日彼氏(王子様)がどこかに行ってしまったことに気が付きました。
 そしてそれと同時に続々とお城へとやってくる各国の美女たち。
 白雪姫は助けてくれた王子様を探しに。
 自分の力で起きた眠れる森の美女は、助けてくれなかった王子様を探しに。
 人魚姫は助けた王子様を探しに。
 グレーテルはヘンゼルを探しに。
 赤頭巾は何故か狼を探しに。
 かぐや姫は月の大君を探しに。
 親指姫はトムを探しに。
 クレオパトラはカエサルを探しに。
 グウィネビィアはアーサーを探しに。
 アイリーンはホームズを探しに。
 オリーブはポパイを探しに。
 シンデレラは驚きました。なんと、自分に出会うよりも前に、王子様は近隣諸国を放浪し、世界中に恋人を作っていたのです。誰が真のお妃様か、そして王子様に隠された謎とは………         』

 とまあ、こういうお話なのであるが…発想はかなり面白いと正直頷ける。しかし、しかしだ!いざ台本を読んでみると、その中身はコメディとも言えないような乱雑な口喧嘩がメインで、残りは惚気話と意味のないブラックボックスばかりだった。
 さすがプロというだけあって、それなりに起承転結はあるのだ。
 全員が出会って、口喧嘩して、喧嘩の末に仲互いして、ラストは唐突に仲良くなって終了である。
 なんか『転』がえらく希薄な気もするが、それよりも大事なことに鞠絵は気付いていた。恐らく咲耶も、
「結局王子様はどうしたんだよ!?」
 と思っているに違いない。
 一番大きな難点をそこだとしても、それ以下の難点などいくらでも見つかる。それはすなわち登場人物!
 白雪姫とか人魚姫はこれといって問題はない。
 しかし、その王子様に何時の間に妹(グレーテル)ができたと言うのだ!?どういうわけか狼として赤頭巾にも手を出している、ロリコンにも程があるというものだろう!?どうやって月に行ったのかというのも大いに気になるが、カエサルにアーサーにホームズって、活躍しすぎだろ王子様!?その後シンデレラと結ばれたというのならブルータスは誰を殺したというのだ!?ポパイにいたってはマンガのキャラだし明らかに年配だ、それにえらく格が落ちたなオイ!?
 第一トムはないだろトムは!?どうやったというのだ、親指サイズだぞ!?体の質量考えろよ王子!?作品も違ぇしよー!?
 さすがにこれほど口汚くはないが、似たようなことを鞠絵は質問をした。
「ふむ…確かに疑問を持つのは最もだ。こんなにプリンセスがいるのにも関わらず、プリンスが出てこないのは不自然だものね…」
 顎に手を持っていって吟味してそうに見せるドビンチ氏。
 だが、ここで彼が納得してくれたと思ってしまった妹たちはまだまだ甘い。
「しかしね、お嬢さん方…それが良いとは思わないかね?
『えっ!?』
 まさかの発言に目を丸くする妹たち、そんなことなど意に介していないかのように話し続けるドビンチ氏。
「プリンセスが出る作品にプリンスが出てくるのは至極当然のこと。男性ヒーローの隣には必ず女性がい続ける。これは人が最も受け入れやすい作品の形であり、かく言う私もこの形式は大好きだ。互いを結ぶものが愛か憎しみかは知らない、しかしそこから2人は見えない何かに結ばれているとは考えられないかな?作品が始まるよりも前から2人は結ばれていた。これはかの片山恭一も似たようなことを言っていたように、それだけ重要視されることなのだよ。そしてそれの期限は何世紀も前まで遡る。それだけ歴史がある…ここまではわかるね?」
『………………………………』
「だけどもし、そこにプリンスがいなかったらどうなるか。長い歳月かけて誓い合った約束が近隣諸国全てのプリンスが破ったらどうなるか。しかもそのプリンスが全員同一人物だったらなおどうなることか!?プリンセスはプリンスに失望するか、絶望するか、はたまたただ勘違いするか、プリンスを信じ続けるか、千差万別十人十色、ここに交差し、分かち合っていくプリンセスたち、私はそれを見てみたい。誰も見せてくれないというのなら自ら書くまで、だから私は今回こいつを執筆した。ここの屋外ホールの記念すべき処女公演のためにね…わかったかな?」
 ちっともわからない。
 だからその理屈とお話の内容があっていないのだってば!
「さぁ、これで簡潔な説明は終わり。すぐにオーディションを行ってすぐに本読みだ。そしたら立ち稽古まで一気にやるぞー」
 しかも半ば強引な展開になってるしー!?
「ちょっと待ったパート2!?」
「のわぁ!?」
 お次は鈴凛が場を止めた。
「だったらアニキはどうすんのさ!?さっきから全然触れられてないけど、一応ここにいるんだからね!?」
 鈴凛が自分の隣を指差すと、そこにはかなり眠そうな顔で存在感が薄命になっていたりする海神航の姿があった。
「…え?」
 返事まで薄命なアニキだ。
 僕は別に気にしてくれなくてもいいのに…
 などとそんなことを考えてくれちゃっている航ではあるが、妹たちに限って彼を気にしない日などが一日たりともあるものか。
「人数的に私たちが役者なんだろうなってのはわかるよ、わかるけどさ。男性キャスト0人じゃ、アニキの働き手がないじゃん!?」
 敬語もへったくれもあったものではないのが彼女の特徴だ。
 しかし、そんなことは予測済みだよと言わんばかりに、
「フッフッフッ…」
 ロビー全体に響き渡るドビンチ氏の含み笑い。
「その点に関しての問題なら悩むことはないぞ。なにせすでに考えがあるのだから」
 わざとらしく仰々しく振舞うと、今度はドビンチ氏が航を指差して、
「彼には大道具兼音響さんをやってもらう!!」
 そしてやっぱり仰々しく叫んだ。
 ドビンチ氏の大声がロビーに木霊した。ようするに、他の子達は黙りこくってしまったというわけだ。
「………………!?」
 何も言わず、航が自分自身を指差す。
 頷くドビンチ氏、そして…
「てっとり早く言うならば、君は『裏方』ってやつだな」


 っとまあ、そんなこんななわけで、さっそく練習が始まった昼頃2時のウェルカムハウス。厳正(?)なるオーディションの結果、配役は以下の通り。
 シンデレラ…可憐
 白雪姫…衛
 眠れる森の美女…咲耶
 人魚姫…千影
 グレーテル…花穂
 赤頭巾…雛子
 かぐや姫…春歌
 親指姫…亞里亞
 クレオパトラ…鞠絵
 グウィネビィア…鈴凛
 アイリーン…四葉
 オリーブ…白雪
 隣国の魔女…眞深
 なんだかどういう根拠から選ばれたかわからない配役となったが、これに真っ先に異を唱えたのは、誰であろう白雪であった。
 なんとも早いものだった。結果発表後1分と経たない間に異論を飛ばしたのだから。
 内容は「何故白雪姫が自分ではなかったのか」という、彼女にしてはいささか我侭なものであったが、それに対しドビンチ氏は、
「君の白雪姫が一番うまかったことはわかっているよ。でも今回の白雪姫のイメージと合っているかといったらアレだな」
 と言ってきた。そう言われてしまっては反論のし様がないのか、白雪は残念そうに席に戻った。
 何故彼女がここまでこだわったのかというのはいずれ話すとして、チャチャっと本読みを終わらせた面々はこうしてようやく庭での立ち稽古になったというわけだ。
 演劇にしてはえらくテンポが速いが、それがこの演出家のやり方らしい。「読んでばかりいても仕方ない」だそうだ。頷けない話でもない。
 そんなこんなでやり続けて3〜40分経ったが、未だに台本の1ページから抜け出せていない。
 一章ではない1ページだ。見開きとしての1ページではなく、本当に1ページだった。しかも4行か5行読んだ段階で既に硬直状態となってしまっている。
 さすがに頭を抱える演出家。これは何故か!?
 簡潔に言おう。
 妹たちが下手すぎるのだ。
「心配はしてたのだがな…」
 オーディション、本読みの時の心配が現実となり、ドビンチ氏は戸惑いを隠せない。立ち稽古となればうまく行くのではないか、というのも考えが浅かった。
 経験がないというのはよくわかる。しかしだ、いくらなんでも棒読みにも程がある。
 棒読み、噛み、出番を間違え、台詞を間違え、声が小さく、動きが鈍い、素顔に戻る。
 やる気がないのではないかと疑ってしまいそうになるのだが、彼女たちが真剣だということぐらい、演出家はわかっていた。もっとも、だからこそ始末に終えないのだが、
「……私が甘かったか…」
 そー思うのだったらもっと本読みの時間を取っておけ!
 いや、それはきっと彼自身わかっていることだろう。しかし、そうした余裕のとり方を失敗するのが、彼の汚点でもあった。
 いつもはテレビ業界を中心として働いている彼であるが、舞台は映像とは勝手が違う。始まればやり直しが利かない、文字通り『ぶっつけ本番』の一発屋だ、そんな舞台の演出に結構携わってきたドビンチ氏はその中で自分の最大の弱点を見つけてしまっていた。それは『完成度upに気を惹かれるあまりに、通し稽古まで大した時間を取らない』ということだった。余裕の取りどころをいつもミスしてしまう。早く区切り練習を終えて、とりあえずはいつでも通し稽古ができるようにしておく。そうしたやり方のせいか、彼の舞台に立つ役者たちはなかなか辛い思いをしてしまうのだ。
 結果オーライなだけでなく、練習中からもしっかりとしなければいけないと思うあまりのミスだ。ドビンチ氏はどうしてもそれをうまく解決できない。
 そして妹たちのこの大根っぷりだ。
 強敵か?
 そんなことを頭の隅で考えながら、稽古は休憩時間となっていった。


 航はなかなかに器用な男だ。
 プラモデルからガレージキットなどなどを昔から作ってきたということもあり、小物の扱いにはそれなりの自信を持っている。
 ちなみに、男子の作るプラモデルといえばガンダムというイメージが定着している昨今の世の中であるが、プラモといっても色々ある。船と自動車とお城と色々作られており、航の手を出していた範囲は結構幅が広い。ガレージキットにいたってはアメコミのもの以外ふれたことがなかったが、そんな航だから舞台の裏方をやるのも難しくはない。
 本人はそう思っていた。
 しかし、舞台のセットというものは決してプラモデルではない。
 専門のデザイナーが描き、大勢のスタッフがそれを作り上げる。時には何メートルになり、そして舞台になくてはならない重要物資なのである。それはもはや建築の部類に入り、個人の力でそれを完璧なまでに仕上げるなど、いったいどのくらいかかることか。
 ましてや素材はベニヤ板と鋸。航は別に日曜大工を趣味としているわけではないのだ。
 そんなわけだから、作成には大層手間がかかり、そのうえ非常に出来も悪くなるものだろう。
 それを考えると苦悩と血と汗の結果、航の仕事は悪くなかった。
 航は自身が作り上げたセットを見上げていた。
 なかなか上手い珊瑚のセットだ。色は塗られていないのかベニヤ板の茶色であったが、付属されていたヒトデはピンク色に塗装されている。
「あれー!?何アニキ、渋ってた割には良い出来じゃん、その珊瑚!?」
 休憩時間を迎えた妹たちが続々と航の下へとやってきて、珊瑚のセットを褒める。
 つまりそれぐらいの出来の良さなのだ。
「ちゃんとヒトデだってくっ付いてるし」
「茶色というのが斬新ですわ」
 さらに衛と春歌が続く、そこには咲耶もいてウンウンと頷いていた。
「これは人魚姫のセットかな?」
「そうだろうね、やっぱ。他に珊瑚は出てこないだろうし、似たようなものも結構…」
「人魚姫は千影ちゃんだっけ?いいなー、お兄様にこんな上手い珊瑚作ってもらっちゃって」
 珊瑚のセットから、どんどんと会話が発展していく。
 時には自分の私情も混じるが、皆心から航作成の珊瑚を称えているということだ。まぁ無理もない、本当に結構上手いのだから。
「じゃあ僕のセットは家とか鏡?」
「ワタクシのセットは竹林でしょうか?」
「私のは…なんだろ?」
「眠れる森の美女演ってる私は何かしら?イバラ?それとも密林?」
「でもあにぃが作ってくれるならボク頑張っちゃおうかな?」
「ワタクシも」
「お兄様、その時はこの珊瑚に負けないくらいのセット作ってね、花穂ちゃんじゃないけど、応援しちゃう…」
「これ……なんだよね…」
『…えっ!?』
 …えっ!?
「じゃあ、そのヒトデは?」
「…
 口々に思うことを言い続けていた鈴凛、春歌、咲耶、衛の中に航が口を挟み、一気に場が凍った。
 木…なのか?
 航は涼しい顔をしているが、これは内心ショックだったのではなかろうか?
 それにしても…木、ねぇ…。いや、そう言われればわからなくもないが…パッと見これは…珊瑚だろ?
 そんな中、追い討ちばかりをかけていた妹たちはというと…
『ア、アハハハハハハハ…』
 笑っていた。笑って誤魔化していた。
「ア、アニキー、この木とっても良いんじゃない!?」
「そ、そうですわ、特徴的というか、とても前衛的で…」
「初めて作ったんだもんね、ボクは好きだよー」
「こ、個性で勝負よ、お兄様!?」
 あまつさえさっきとはまるで掌を返したような褒めちぎりぶりを発揮。
 遅ぇーんだよ、お前ぇら…
「はぁーい、そろそろやるよー」
 しかも、ここで話を区切らんばかりの始まりを告げる声。
 4人はまるで逃げるかのようにその場を去っていった。
 いいのかよ…
「今行きまーす!」
「まーす!」
 どういうわけかさっきから動こうとしない航の後ろを、花穂と雛子が駆けていく。
 そして去り際に耳に入った雛子の声。
「あ、かわった色のサンゴ」
 とどめ。


 それからというもの、舞台の進行は見事に遅れ、8時過ぎまで練習し続けてたったのシーン2までしか進まなかったという。
 ドビンチ氏は憔悴しきった顔でウェルカムハウス本館に間借した部屋へと戻っていった。
 その夜9時のウェルカムハウス。ちょっと遅めの夕食。そこで見られた光景は、ドビンチ氏の非ではなかった。なにせ憔悴しきった顔が10近くあったのだから。
 ちびっ子2人と千影、白雪。後は裏方専門だった航以外の面々の顔だった。
 皆慣れない演劇に戸惑いまくっていたことが原因…なんて言わなくてもわかるだろう。
「いざ主演やってみると、なかなかに大変なのね…」
 机に突っ伏していた咲耶が愚痴る。彼女が演じる『眠れる森の美女』は役の中でも一二を争う出番の多さを持っているキャラクターであるため、今回の稽古では彼女は出づっぱり、しかもこれでもかというくらいの駄目だしの雨だ。そりゃあ疲れもするだろう。
「でも意外だな、咲耶ちゃんはこういうの得意そうな感じだったんだけど…」
 可憐が言う。彼女ももちろん机に顔だ。可憐は『シンデレラ』を演じており、妹の中で最も出番が多い役であるが、今回はシーン1だけの出番であったため、まだちょっと元気。
 大変なのはこれからなのだ。
「うん…実は私、舞台に立ったこと全然ないんだよね」
 これには全員驚いたことだろう。あのチャレンジャーで様々なことをこなしてしまう咲耶が心底根を上げるだなんてこれまであったか!?
 皆はこんなに驚いているが、彼女の言ったことは本当だったりする。
 さすがに彼女はこれ以上のことは話せないだろう。それはまず間違いない。
 何故なら咲耶は小学校の学芸会での役者選びのジャンケン大会で(どうやら彼女の前の学校ではそんなことをやっていたらしい)毎年最下位になっていたらしく、5回参加した学芸会で木や石などといった漫画ぐらいでしか見られそうにない役以外、正直やったことがないのだ。
 咲耶が、あの咲耶がだ。
 そこ笑わない!
 それ以来彼女は学芸会関係にはトラウマが出来てしまったらしく、パッタリと演劇関係には手を出さなくなってしまったという。
 とはいっても、他の子達も似たような理由だ。演劇なんてものは興味を持たない子にはとんと見向きもされない分野である以上、「見るのは好きだけど、演じたくはない」「小学校の学芸会が最後の演劇」なんて話は少なくない。
 そんな連中がいきなり正規の舞台に立つのである。憔悴の1つするものだ。
 だからこそ、前記した4人がなんてことない雰囲気を醸し出していることが信じられなかった。
「ごちそうさまですの♪」
 そのなんてことない顔をしている1人、白雪が早々に食べ終わる。そして食器を置いた帰りに、千影の許までやってきて、
「千影ちゃん、悪いんですけど、今日の後片付けの当番代わってくれないですの?♪」
 普段は滅多に聞けない台詞に、千影は怪訝そうな顔をして、
「ん……別に構わないが…………何か用事…でも…?」
「ちょっと『本読み』に力入れたいんですの♪それじゃ、お願いしますですのー♪」
 そう言って白雪は自分の部屋へと戻っていってしまった。
 それを見ながら千影は小さ微笑み、
「ふふ…本格的………だな…」
 その言葉に他の子たちが反応する。
「本格的?」
「それってどういうこと?千影ちゃん」
 今日一日、白雪の様子はどうもおかしかった。
 オーディション結果発表後の抗議の時からそうだったのだが、他の子以上に台本に没頭し、その時に限り誰の言葉も耳に入れようとしない。手っ取り早く言うと何かオーラの色が変わったというか…
 真剣にやっているというのはわかるのだが、温和な白雪にしては珍しいことだ。
 だが千影は、
「ん!…………さぁてねぇ……」
 そのまま肩をすくめて何も言わなくなってしまった。
 千影にこう言った態度を取られてしまっては誰も聞けなくなってしまうようで、皆怪訝そうになる。
「そういえば、白雪もさることながら千影もなかなかお芝居上手いよな」
 ちょうど良い機会とばかりに航からの質問が飛んでくる。
 それもまた全員が感じていたことだった。千影は暇を見つけては他の子達にお芝居の云々をレクチャーしてあげてたりもしていたくらいにお芝居が上手だったのだ。
 なにせいつもの途切れ途切れな喋り方ではない台詞を喋っている千影は、まるで別人のような印象があったためか、みんな良く覚えていた。
「あぁ、そのことか…なに…中学の時にね……友達とよく…やってたんだよ……」
『ええぇぇ!?』
 千影の言葉に全員が声を揃えて驚きを表現した。なかには立ち上がる子さえいたくらいだ。
 千影はこれといった感情変化を見せることもせず、むしろ楽しそうに、
「そんなに……意外だった…かな…?二年生ぐらい…だった……かな?イベント好きな友達に……誘われて…ね。幼稚園の子とか…小学校低学年の子…なんかを…対象にして、よく…やってたん……だよ。メンバーは……私を含めて…10人くらい…だった…かな…?なんだかんだ言って………卒業まで……続けていたよ」
 思い出話を楽しそうに話す千影。周りに座っていた彼女の兄妹は、その話の内容と千影のキャラが混同できずに頭を抱えていた。
「もっとも……メンバーの数人が…かなりの悪戯好きで…ね、本番中に…アドリブを勝手に入れては私たちを…困らせていた…っけな………なんだか…懐かしい気持ちになってきて…しまったよ……」
「はぁ…」
「さいですか…」
 妹たちにとってはそれしか言いようがなかった。
 なんか次元違うんですけど…妹たちは、ひょっとしたら自分たちの下手のレベルって生半可なものじゃないのではないか?なんて思ってしまう妹たちだった。
 明日も頑張れよ。

                 ―SCENE3 泣いても笑っても本番前日 夕方 ―

 明日も頑張れよ。
 とか書いてはみたが、月日が経つのは早いもので、本番まで後1日になり、なんとか…本当〜〜〜〜〜になんとか限界ギリギリブッチギリで最後のコンサートホールでのリハーサルを兼ねた通し稽古がいまさっき終わったところだった。
 ドビンチ氏は心なしか『やり遂げた男の顔』になりながらロビーで腰を落ち着かせていた。
 今回は全員で晩御飯を頂きまして、彼はこれから一息つかせてその他色々をやらなければならない、『かしのき公園運営委員会』の方々と話し合ったりとか。
 いやはや、それにしてもなんだかんだ言ってちゃんとやってくれるじゃないかここの子達は、伯父さん感動しちまったい。ドビンチ氏は明日の舞台を成功へと導くために、今だけは、後30分くらいはこうしていても良いのではないのかと思っていた。
 それがどんな結果に繋がるのか当然考え付く術すらなかった。
 ガバン!
 勢いよくドアが開けられ、ごく普通に顔をそちらへと向ける。これぞ余裕の成せる技。
「おや、咲耶ちゃんじゃないか、どうしたんだい?そんな血相を変えて?」
 

 まず第一に考えなければならないことは、何故今になって言わねばならないのかということだった。ここに来るまでどれくらいの時間があったというのか、何日、何週間、だというのに、なんで、なんで今になってこんなことを彼に伝えなければならないのか。今はすでに本番前日。もはや舞台衣装のチェックの段階であるというのに。
 そう考えることは何度だって出来た。しかし、咲耶はあえてその気持ちを金繰り捨てていた。
 そうよ。これは『背水の陣』のつもりなの……鈴凛ちゃんたちに言ったら「背水すぎて既に淵の限界だよ!?」とか言われたけど、それでもあの子たちはわかってくれた。
 そうだ。この限界に立たされた時にこそ言う価値というものがあるのだ。そう思いたい。いや、思うべきだ、世界的常識で。
 だからこそ、咲耶はドアを勢いよく開け放った。
「おや、咲耶ちゃんじゃないか、どうしたんだい?そんな血相を変えて?」
 咲耶はドビンチ氏の正面、円卓の向かい側に仁王立ちした。そして………


  燦緒へ
 っというわけで、明日が公演本番。
 僕の仕事もなんとか終わって、今のところは一段落といったところだ。
 でも明日から大変だ。随分前にも言ったけど、僕は明日の舞台では音響も兼ねているわけで…結構な時間練習したから一応できるようにはなったけど、音響は役者とほとんど同じで、失敗が許されないという手前、なんだか今の段階で手の震えが止まらなnあないyyy


 コンコン!
 そんな航の部屋のドアに数回の衝撃。
 ? 誰だろ?皆疲れてるはずなんだけど…?そう思いながら「はーい」と言ってやると、少しばかり躊躇いがちにドアが開いていき、その先に見られる光景に航はただ目を丸くするしかなかった。
「…お兄ちゃん…」
 可憐が立っていた。ただそう書けば、今までとまるで同じ気がするが、新たに幾つか飾り付けていくだけで、その言葉の意味が大きく異なってしまう。可憐はシンデレラだったのだ
 舞台用の衣装、メイクというものはかなり特徴的である。テレビと違ってアップもアングルも何もない舞台の場合、所定の位置から動かない客席にまでしっかり見えるようにかなり厚化粧になってしまうものなのだ。そうすることで、その表情変化やら何やらを通常の何倍も増幅して客席へと届くというわけである。
 そして、舞台用にしっかりとメイクされた女の子を間近で見てみると、そのなんと可愛らしいことか!!もちろん元の女の子の質にもよるが、その子が可愛い子なら可愛いほど良い。それが舞台メイクによって何倍にも増幅されるのだ、考えただけでも凄いことではないか!?
 何?そんなこと言われても見たことがないからわからない?見てください、是非とも!公演場所によっては出演していた方たちが入り口前で挨拶してたりしていますので、そんなタイミングを見計らってみてください。
 っと、思わず話が脱線してしまったが、とにかくそんな舞台仕様に可憐が身を包んだら一体どうなるか?可憐は妹中でも1、2を争う可愛さを持った子だ。その可愛さは見事に増幅され、航は開いた口が閉まらなくなってしまいそうだった。そんな子が青を基調として、薄緑をちりばめられたロングスカートのドレスを着こなしているのだ、これが何を意味するか、わからないわけではないだろう。
「これ…明日の舞台の衣装なんだけど…どうかな?似合ってる?」
 ちょっと恥ずかしそうに上目遣いで訊いてくる。似合ってないものか、似合ってないと少しでも思おうものならそいつは罰せられそうなくらい、破滅的な可愛さだった。
 したがって…
「…うん、凄く可愛いよ…」
 航のそれも本音だった。もっとマシなこと言えないのかと思える言葉ではあるが、勘違いしてはいけない。彼は普段の可憐からは想像も付かない新鮮感と普段以上の清楚さのダブルパンチにより、完全に言葉を失ってしまっていたのだ。 
 しかし、可憐にとってそんな航の言葉でも最高の賛辞となる。嬉し恥ずかしといった表情で、
「そ、そうかな?ありがとう」
 きっと可憐自身も自分とは思えないくらいの変身ぶりに多少の戸惑いを覚えていたのだろう。だからこそ大好きな兄にそう言ってもらえたことは凄く嬉しかった。
「でもゴメンねお兄ちゃん、無理に大道具なんてやらせちゃって…」
 そう言って表情がちょっと曇る。
「ん?あぁ、それは可憐が謝ることじゃないよ、あの人が勝手にそうしただけだし、それよりも明日はお互いに頑張ろうよ」
 なんかいつもの兄とは違うような気がしないでもないが、航がそう励ますと可憐の曇り顔は一瞬にして曇天から晴天へと変わった。
「うん…でも」
「え?」
 次に出た可憐の表情は、曇り顔とは違っていた。なんか少しだけ残念そうにしているような、そんな感じ。
「可憐、やっぱりお兄ちゃんと一緒にお芝居したかったな…」
「可憐…」
 航は多少の罪悪感を心に乗せる羽目になってしまった。なんだか成り行きからお芝居をやらされることになってから早一ヶ月。こうして無事公演できるようになったものの、これまでの期間で最も苦労をしてきたのは、他でもないこの妹たちだ。無理やりに不慣れなことをやらされながらも、自分たちで協力してここまでやってきた。そんな中自分はこの子たちに何が出来たというのか…
「だから…だからね…」
 そう考え少しばかりブルーになる航の精神に可憐が何か言おうとしたその瞬間に介入してきたのは、聞き覚えのある甲高い声。
「おっにいたま〜〜!」
 入ってきたのは雛子だった。可憐と同じように舞台使用にはなっているが、雛子は心なしか大して変わっていないような気がする。
 でも服装は変わっていた。彼女が演じる赤頭巾ちゃんをイメージしてなのか、赤いフードつきのコートを着て手には空っぽのバスケットを持っている。
 なんだか彼女が空のバスケットを持つと、道中全部食べてきちゃったように見えるなぁ…
「どう?ヒナの赤ずきんちゃん?」
「亞里亞も〜」
 っと、気が付いたら隣には亞里亞もいるではないか。亞里亞の役は親指姫だ。いつもと大して変わらないドレスであったが、役名が役名だけに違和感はない。手にはどこから調達してきたのか、お化けみたいにでかい蓮の葉を持っていた。
 亞里亞はもともとの雰囲気がすでに御伽噺入っているので、外見だけ見ればはまり役だな。
「うわぁ…皆可愛いよ!」
 なんとなく気が抜けているようにも聞こえるが、さっきも言ったようにそれは彼が心底驚いているからに他ならない。
「うわぁい、おにいたまに褒められたぁ!」
 そしてこちらは心底喜んでいる。
 しかし、こんなのはまだ序の口。この妹たちの真打はもっと凄いのだから。
「ふっ……どうだい…兄くん。君も……出てみたくなったんじゃ…ないかい……?」
 ドアの向こうから微笑みの混じった声。千影のものだ。
 航は反射的にそちらを振り向き………思わず目をひん剥いてしまった。

 千影が演じるのは人魚姫だ。
 人魚というものの本質をわかっている人ならわかると思うが、実際の人魚はお話の世界ほど可愛らしいものではない。本来の人魚というものは、その異様なまでに美しい歌声で漁師や船乗りを惑わせ、船を沈没させてしまうといわれており、地域によってはかなり恐怖の代名詞となっているのだ。
 しかし、例えどんなに恐ろしい化け物であったとはいえ、声が美しくて外見が美しくないはずはない!?人魚のそんなイメージを具現化した子が、今目の前に立っている。
 千影の人魚姫は歴代の可愛らしい人魚姫ではなく、完璧なまでの妖艶な人魚姫として完成していた。白地のメイクをしているのか、ただでさえ色白な肌は雪のように白く、アイライン、リップスティック共に薄紫。下ろした髪にはラメのスプレーで露の感じが引き立ち、首周りには色違いの真珠のネックレスを5個は巻いていた。ドレスもノースリーブのワンピースタイプ、しかし、スカートに切り込まれている大きなスリットがそのイメージの色を官能的なものに変えてしまっていた。
 目を離すことが出来なかった手前、目のかなり端に入った程度ではあったが、自分以外の他の子達も口をアングリと開けてしまっていた。まぁ、亞里亞は別ではあるが…
「ん…?どうしたのかな…兄くん……?…それに皆も?」
 千影は自分にメイクをしてくれた眞深の顔を思い出していた。そういえば彼女もこんな反応をしていたな。この舞台の人魚姫は泡から再生して生まれ変わった人魚という設定、いわば唯一の幽霊(ゴースト)キャラだ。ゆえに面妖なメイクとなるのは必然的、なのだが……これは後で全員の反応も見てみたいな…
 そんなことを考えていた千影であったが、未だに言葉の戻っていない兄と2人の妹(亞里亞は別)を見て、ちょっとだけ意地が悪い笑みを浮かべた。そして…
「そんなに面食らった顔をなさらないで、元に戻ってもよろしいのですよ?」
 ドンガラガッシャーン!!
 ついに航が椅子から滑り落ちた。一応それがきっかけとなり、全員が正気に戻る。
「痛っ〜…!?」
「ふふ…大丈夫かい…?……兄くん?」
 そう言って笑う千影の声は、いつもどおりの千影のものだった。
 いったい彼女は何をしたと言うのか? 千影は舞台で人魚姫を演じていた時の声、普段の千影からは想像もできないくらいの妙齢な声を出してやったのだ。それも人魚になりきった状態でだ。そのあまりに現実離れした声は、聞くものの心を絡めとり、ある種の依存症を残すまでだった。
「千影…勘弁してくれよ…」
「ふふ……つい楽しくなって…しまって…ね」
 千影ちゃんが人間じゃないように見えちった…呆然に見ながらそう思う可憐。
 いやいや、君も十二分に可愛いのだよ可憐ちゃん。
「…ところで……」
 千影は気が付いたように可憐を向いた。変なことを考えていたこともあり、可憐は一瞬ビクッとする。
「…変なことになって……しまったが、可憐ちゃん…どうぞ…続けて……おくれ…」
 ここで可憐も航もハッとしてしまい、お互い顔を見合わせる。
 ………………あ、そういえば…

 〜ちだ。無理やりに不慣れなことをやらされながらも、自分たちで協力してここまでやってきた。そんな中自分はこの子たちに何が出来たというのか…
「だから…だからね…」
 そう考え少しばかりブルーになる航の精神に可憐が何か言おうとしたその瞬間に〜

 …確かにあの時、可憐は何か言おうとしていたような…
「えっと…良いかな、お兄ちゃん?」
 航はコクコクと頷く。
 可憐もコクコクと頷く。
 そして、コホンと咳払いをして、廊下に向かって口を開いた。
「だそうだから、お願い」
「へ?」
 ここでの可憐の行動は航の考えていた展開をアッサリと超越していた。彼はてっきり「だから可憐頑張るよ」とか言うものだとばかり…
 …まぁ、それもなんか色々とおかしいような気がするのだが…
「はいはーい!ようやく出番デスねー!」
「兄君様、ちょっとよろしいでしょうか?」
 しかもなんか四葉と春歌がドアの脇から顔を出したんですけど…
 彼女たちの手にはそれぞれ巻尺と紙とペンが用意されていた。
 何?何?何なの? そう航が思っていた時には、既に彼は直立の姿勢とされ、腕を上げたT字のポーズを取らされていた。その周りを四葉がチョコマカと動き回っていて、もう4ヵ所は計測されていた。
 計測!?
「王子様用の衣装を作りますので、ジッとしていてくださいね」
 え、えぇぇぇぇ!? ちょ、なんか話が勝手に進んでいるんですけど…!?
 四葉が隅々まで寸法を測り、それを春歌がメモしている。その動作が高速で処理されようとしていた。
「そ、そんな馬鹿な、ボクは裏方のはずだけど…」
 当然こんな事態を放って見ていられるはずもなく、航はことの理解を急いた。それでも何故か姿勢は崩さない。
 それに答えを出してくれたのは他でもない四葉だった。巻尺から手を離しシュルシュルと撒き戻したのは、話すためにやったわけではなく、計測が済んだから元に戻したのだ。脅威の迅速である。こういうことになると正確になるのは何故なのだろうか!?
「まぁまぁ兄ちゃま、細かいことは気にしないです」
 いや、気にするから…


 ドバン!!
「だから王子様がいないのはおかしいって言ってるの!?」
 机を叩き、ロビーに甲高く響くは咲耶の声。その声には明らかな怒気が見え隠れしていた。その理由は彼女の言っている通り。
 ドバン!!
「だから以前も言ったとは思うが、これは全ての確立を画一に投影した作品なのだよ、その中にプリンスが入ってしまったらどうなると思う、プリンセスに憤慨され、号泣され、訴えられ、男として間違っちゃってます街道まっしぐらなのだよ、ここまで先読みが出来てしまう作品を誰が観て喜ぶ、お客さんはそんなものを期待してはいない!」
 円卓の逆サイドから机を叩き、声響かすは我らが(?)ドビンチ氏。一言に次ぐ屁理屈の嵐ではあるが、今回ばかりは妹たちも気圧されない、気圧されられない。
「でも、王女様ばかりのお話なんてさ…」
 いつもは押され人生の衛も今回こそはと参加。
 しかし、衛の言葉には説得力の欠片も入っていないとばかりに、
「それもいつぞや語ったはずだ。プリンセスの出てくる話にプリンスが出てくるのは至極当然のこと。それを払拭してこその新作だと。世界一般となっているプリンセス&プリンスをここでノウノウと用いてしまっていたら今後一体、何処の誰がこのような作品を書き上げてくれるというのだ?もし今回そうした演劇をしてしまったことで、もう誰もが抜け出すことが出来ないワンパターンな色が、トイレットペーパーを変色させたワインのごとく創作業界に根付いてしまったら、全ての責任はこの私にあるということに繋がると考えられないのかね?だが、今ここで前例を気付き上げておけば、これからは様々な人が新しい形のプリンセス&プリンス形態を造り上げていってくれる。これはただの新作ではない、新感覚の、ニューセンセーションのスタートラインでもあるのだ。『一度きりの人生、楽しむべきだって絶対』とヒット曲は言っている!」
 あー言えば百倍にしてこー言う。しかも、なんか路線がずれている。
「そんなの嫌よ!しかも後半なんか意味通ってなかったし!」
 同じこと言っている。
 しかし、ドビンチ氏は引きを1mmも見せない。
「嫌?何を嫌と言うのか!?では訊くが、君たちはハリウッドがオールスター共演でハイパーな技術力で、『天才バカボン』を作ったらそれを観るというのか!?しかもそれが原作で何度も観てきたうえに、とことんつまらないでくだらないなお話だったら!?おまけに僅かに時間は50分だったら!?観るか?観るのか?観ちゃうのか?赤塚先生に限ってつまらない話があるはずもないとか、そんな言い訳は聞かないと先に言ってやるが、観たりするのか?観れば観る時観る観ない!?そして答えは観たくない。どうだ、そうだろう!?ちょっとばかり口汚くなってしまったことは非礼されてもらうが、つまりはそういうことだ!?今のご時勢『ピーターパン』が劇場化しました、『デビルマン』が実写になりました。そしてどれも大人気、何故だと思う?それは新たな解釈を加え、今までに誰も観たことがない演出をしたからだ!(中略)過去に見たことがない、それこそがキーワードだ!CGで何でも出来るようになった時代でも皆映画を楽しんで観ているのも、全ては見せ方と、新感覚の成果なのだ、それがわからないのならいっそ山奥に就職して仙人にでもなってベロでタイタニックを沈めてしまえ。新感覚で世界は回っている、全人類が創作に飽きたら地球の自転は停止してザ・コアだ!それが起きないことが証拠だ、新感覚こそ核なのだ、不死人とかのじゃないぞ、地球のだアースのだ、新感覚イズオンリーワン!!」
 しかもなんかさっきよりも熱くなってきてないか?
 それにしても良く喋る銀髪だ。
「はぁ、何言ってるの貴方?わけわからないっての!?そんなに酷く言うのなら、私もうお芝居やりません!」
 いつの間にかロビーには全員集まっていて、全員が全員、今日ほど咲耶を凄く思ったことはなかった。
 マシンガンの銃口に口が付いたような、もしくはmoveが乗った選挙カーのような男を前にしても気圧されることを必死に堪えている。
 その気迫は今さっき来たばかりの航、可憐、千影、雛子、亞里亞の目も丸くさせるほどだった。…いや、亞里亞はどう反応しているかわからないが…
 それにしてもこの似非ビートたけし、さっきから屁理屈ぱかり言っているが、最も大切なことを忘れているのではなかろうか。それは『時間のこと』。舞台稽古というものなどはまさに時間との勝負、間に合わなければ打つことさえままならないというのに、この男はそれよりもまず先に自分の私情を優先させていた。良い精神しているのか、それとも無責任なのか…
「ドーント、クラーイ!」
 別に泣いてないだろ…っていうか、ついに完全意味不明になってるし…しかし、ドビンチ氏の目は真剣そのものだった。さっきから言っていることとは裏腹に真剣な顔ではあったが、それ以上に真剣な顔つきとなっていた。
「では、君たちはこの新感覚をどう思っているのだね?どういう意思の元で、それほどまでにプリンスを望むというのだね?」
「それは…」
 咲耶は即答した。いや、正しくはしようとした。それよりも早く、ドビンチ氏の次の言葉が前へと躍り出たのだ。
「まさかとは思うが、君たちは自らのお兄さんとの共演ができないのが嫌だから、プリンスを出せとは言わないだろうね?」
 ドビンチ氏の目は本気モードだった。咲耶が言おうとしたことそのままを逆に言ってやったのだ。
「図星だったのなら、今すぐにでもその考えは撤廃した方が良い、本番前日に役者のしかも個人の我侭が通るというのなら、それはあまりに都合が良すぎるというものだ。ましてやそれは舞台と関係が無いものではないか、君たちがどんな条件の下で今回の舞台を行うことになったかはわかっているつもりではいるし、それに対しての気遣いはしてきたつもりだ、だがこればかりは役者としての責任を持って判断してほしいものだが…?」
 ひょっとしたら、先に言ってやったこと自体が、彼の配慮だったのかもしれない。
 もし咲耶が言っていたら、自分は間違いなく大きな声を出していただろう。ここまでの威圧感を彼が出したのは初めてで、咲耶は何も言えなくなりついに言葉を失ってしまった。
 言葉が、消えた。
 ドビンチ氏としても、ここで変ないざこざは起こしたくは無かった。前日に役者のモチベーションを下げることは、とてもじゃないが好ましいとは言えない
 だが前日という環境であるということが現段階で許されない状況へと追いやっていた。これで誰かが泣いてしまったらそれもいた仕方ないということ、あまり好きな言葉ではないが、演出などの立場は嫌われてしまうものなのだ。

「これが…我侭になるのか…は、貴方に……決めてもらいたいの………だが………」

 凍った一瞬の時間を一気に貫くのは、人魚姫の声だった。誰もがそっちを向くと、一歩引いた所から妖艶であり美しい容姿の美女が歩み出てきた。
 千影がこういうメイクと格好していることは全員知っているはずだったのだが、少なからず心をドキッとさせたことだろう。眞深にいたっては自分でこんな格好にしたというのに未だに慣れないといった感じで頬を赤らめていた。
 見られまくっていることなんて関係なく、人魚姫はドビンチ氏の前まで歩くと淡々と語りだした。
「演劇の世界設定を…読む限り……では、どんなに…仲が悪くても…プリンセスたちは……『プリンスに会いたい』……という共通の意識を…抱いている。…………それは彼女たちが…そしてそれを演じる私たちが…共有する唯一の気持ち。その中に……プリンスが現れたと…いっても、それのラストは……本当にワンパターンなものに……なるのだろう……か?」
 ドビンチ氏の目つきに多少の変化が現れた。それには8の衝撃と2の戸惑いが含まれているように見て取れる。
 人魚姫は続ける。
「確かに見捨てられた者もいるし、悲しみを植えつけられた者もいる…しかし、それが怒りへと繋がるとは………私にはとても思えない。何故なら……プリンスが皆に本当に愛されていたという…事実があるからだ。逆に考えるなら、彼女たちは……プリンスに会わない限り幸せにはなれないのでは…ないかな?」
 次に目つきへの変化が見られたのは妹たちだった。それは自分たちが、プリンセスと心を通わせていたということだろうか?
「それならそれで、私たちはそれを演技に反映させなければならないのも…また…事実。しかし、咲耶ちゃん、他の皆、そしてもちろんこの私も……プリンスと共に共演をしたいという……我侭が真情。これは我々が……まさに役の中のプリンセスと完全な同化を遂げたということ………」
 ドビンチ氏の目の色から、さっきの8:2の割合が逆転したことが明らかに見られた。
「この芝居が……カーテンコールを迎えた時、演劇を傍観する立場の人から見れば、これから……プリンスが現れるのだろうということは…想像することができることなの…だろうが、演じる私たちにとってみれば……そこが世界の終わりであるということに繋がる。永遠にプリンスに会えない苦しさ……というのは、正直な話…あまり…味わいたくない、それをかき消せる唯一の人間が………貴方なんだと知って欲しい、貴方の判断がNOを示したなら…私たちは…何も言わない、しかし、もしプリンセスたちを……救おうという気持ちが少しでもあるのなら、私たちはそれに頼りたい……」
 いつの間にか、全員の目が真剣なものへと変わっていた。さっきまで一番真剣な目をしていたドビンチ氏は目を閉じ、全ての視線を拒むことなく受け止めていた。
 ……こういう役者たちにこんなに早く会えるとは、なんて喜ばしいことなんだろう。至近距離にいた千影にさえ悟られないくらいに小さい声で、ドビンチ氏は呟いた。それが心で囁いたものかどうかは、本人でもわからなかった。
 ガタッ……。音の凍えた世界の解凍を告げたのは、椅子を引きずる音だった。
 ドビンチ氏は立ち上がっていた。彼の目は昨日までの歪み気味ではあるが情熱のある瞳を収納していた。
 そして…
「本番は明日だ。いまから新しい台本で稽古していては間に合うものも間に合わない、それにあの台本の完成系を見ているためか、私は台本改変を早急で行うことに精神的な戸惑いを持っているため、一朝一夕にも満たないこの時間からでは完成させるかと聞かれるといささかに難しい」
 一言一言を兄妹は固唾を呑む思いで聞いていた。
「したがって…」
 ドビンチ氏の手が真っ直ぐに航の方を向いた。
「いざという時はプリンスがフォローをする、ということで皆には大変かもしれないが、ここはアドリブで乗り切ってもらいたい」
 兄妹の顔に変化が入る、それは約数名を除いてはいるが、確実な喜び色だった。
「え…それじゃあ…」
 誰が言ったのかもわからない問いに、ドビンチ氏は返した。
「そうだ、プリンスの出演を認めよう」
 ウェルカムハウスに歓喜の声が轟いた。
 約数名を除いて、微笑み時には涙し、皆はその気持ちを早くも共演させ始めていた。
 そんな中続くドビンチ氏の声。
「台本の原版をここに置いておく。君たち自身の望む形を台本に加えることも同時に許可するので、明日の朝までに君たちが完成させてほしい」
 そう言って台本をテーブルの真ん中に置くと、それ以上何も言わずにドビンチ氏は隣の本館への帰路についた。

 兄妹は手を握り合っていた。
「さあ皆、準備はいい?」
 咲耶が音頭を取っている。全員が頷き、航と眞深が一拍遅れて頷く。
「これから舞台をどう変えていくかは、1人1人の判断となるけど、もはや引くことはできないわ…私たちの考えるべきことはただ1つよ!!」
 その言葉が引き金になったかのように、
『明日の舞台を完成するために!!』
 声はロビーを駆け巡り、
『皆の力を1つに合わせて!!!』
 同時に全員の心を1つに纏め上げるかのように、
『アドリブして!!』
 ロビーの明かりが一瞬だけ増幅されたように輝いた。
『フォローして!!』
 それは全員の気持ちから見た幻であったことはわかっていた。しかし…
『頑張ろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!』

 しかし兄妹には、それが何よりも美しく見えていた。


 ドビンチ氏は口にシガレットチョコを咥えながら、ウェルカムハウス本館の廊下を歩いていた。
 窓の外はもう星が見え始める時間が迫っており、これからの展開を安易に予想させてはくれない不思議な空気を纏っている。
 まさかこれほどまでに兄妹愛に心打たれるとは、彼自身考えてもいなかったらしく、動揺を隠すのに苦労している様子だった。
「兄妹愛か…美しいな…」
 道中彼は今回の舞台で兄妹関係として描かれているのが、ヘンゼルとグレーテルの2人だけだということを思い出し、虚空を眺めながらフと呟いた。
「…もっと描いてやっても、良かったかもしれない…」
 氏は微笑を浮かべながら、シガレットチョコを口の中へと放り込んだ。
 明日は本番だ。まずはスタッフを頼まなくてはな…色々大変になりそうだが、良いものが観れそうだ。
 意気揚々と部屋へと入っていくドビンチ氏、そんな彼の部屋のドアが、ゆっくりと閉まっていった。

 …………さて、なんだか凄くシリアスな展開で進んできたと思われているが、他でもないドビンチ氏も同じことを考えていた。
 んだが、ここで『つづく』が出るのではないかという期待している人がいたら、それはなかなかにうまく行く話ではない。そして、そう簡単にシリアスが長生きできることもなく、舞台はウェルカムハウス離れへと戻ってくる。
 ドビンチ氏は大きな失言を残してきていたことにまったく気付かなかった。
 そう、気付かなかった。 
 その失言とは……


「なんじゃこら…」
 夜も深夜12時を過ぎたウェルカムハウスロビー。眞深は円卓の前で目を丸くしていた。その手にはさっきドビンチ氏が置いていった台本が握られており、眞深はその中身に対して今の言葉を放ったようだ。
 そう間が開いていないから覚えている人は思い出して欲しい。ドビンチ氏は「君たち自身の望む形を台本に加えることを許可する」と言っていた。この台本の中は、まさに今その意味が具現化した形となっていたのだった。
 こんなものを明日打つだなんて…正気かあの連中…。眞深はしこたま慌てた後、台所から鉛筆をかっぱらい、速筆で台本を直し始めた。もちろん彼女も文章を書くのは得意ではない、しかし今はそんなこと言っている場合ではない。
 えっと…シンデレラが王子様と…王子様が…正義のヒーローと…桃太郎が…桃太郎!?誰だよ入れたの…悪の魔法使いが拷問受け…マジかよ!演ってるのアタシじゃん!?…アーサーがハチロクで巨大ロボットがヘンゼルでクレオパトラがお前もか…かぐや姫が妹汁とまほこいが…っておい、この展開はヤバイだろ!?幼稚園の子も見に来るっての…えっと、白雪姫同士が戦って…シャーロックとコナンくん…
 一体全体、妹たちは何を書いたというのか、そして何がしたかったというのだろう?
 考えている時間はない。眞深はただ必死になって台本の筋を通していた。なんとか直しきったのがバッチリ30分掛けてからだったというから、よっぽどの速筆だったのだろう。

 そして、グッタリして部屋から出て行く眞深を眺めながら、千影は1人微笑んでいた。
 その手には万年筆が1本、しっかりと握られていた……
                                                   つづく


  次回予告
 『 昔々、中つ国に1人の王女様がおりました。王女様の名前は『シンデレラ』。ただのあだ名だったはずなのに、未だにその名前で呼ばれているシンデレラは彼氏(王子様)が川へ洗濯に行くのを見送りました。
 そしてそれと同時に、鬼を成敗するためにやって来た桃太郎と共に、続々とお城へと集まる各国の美女たち。
 2人の白雪姫は助けてくれた王子様にどちらが本物かを見極めてもらうために。
 眠れる森の美女は、王子様と結婚するために。
 人魚姫は王子様の魂を頂きに。
 グレーテルはヘンゼルと一緒に。
 赤頭巾は何故か狼を探しに。
 かぐや姫は月の大君との踊りと決闘の約束を果たしに。
 親指姫はトムを探しに。
 クレオパトラはカエサルを探しに。
 グウィネビィアは巨大アーサーロボ完成のために。
 アイリーンはホームズの秘密を暴くために。
 オリーブはポパイを探しに。
 シンデレラは驚きました。なんと、王子様を含め、自分たちさえも正体不明の存在であったのです。誰が真のお妃様か、そして王子様に隠された鬼やら何やらの謎とは………              』

次回『Glory glory』 後編
                                               ……って、どんな話だよ



  あとがき
  前回「もう重くしません」とか言っておいたというのに、またしても大きくなってしまって、本当に面目ありません…どうもD,B,N,TIです!

 っと、いうわけでございまして、第6話です。アニメでもやった演劇のお話ですね。はい、ここで皆さん、疑問が1つあるでしょう。それはアニメ版第5話『アニキとメール\(^◇^)/』が描かれていないということ!ではないですか?それにつきましては理由がありまして、まずは『アニキと〜』の内容を思い出してみてください。覚えていると思いますのであえて書きませんが、あのお話を描かなかった第一の理由はたった一言でつきます!
 …コホン…今日び今時の女の子がケータイ持ってないわけないだろぉぉがあぁぁぁぁぁぁ!!??
 はい終了。
 でもそうでしょ?ケータイで話しながら町を歩く小学3年生(推定)を私は3回見たことがあります。っていうかこの小説の第1話で可憐は咲耶と通話していますし、第3話でも触れていますしね(しかもその時の内容が『アニキと〜』とそっくり)。それにメール交換しないと妹の気持ちがわからないほど、航くんはアホじゃないですしね。そーいや今回、彼出番少なかったな…ま、いっか…
 っとまぁ、そんなわけでいきなり演劇の話に相成りましたというわけですね。鈴凛ファンの方には申し訳ないとは思いましたけど、そこら辺はご了承ということで…

 今回は言うことが一杯あるのですが、要領の関係も残りは次回タップリしたいと思っております。
 それではまた次回お会いしましょう。ここまで読んでくれた親愛なる貴方へ
                                            D,B,N,TI
 


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