便利な力−Power of Steel
作者 クレイモアさん
とある土曜日の午後。
気が付くと。
「やあ、兄くん・・・・いらっしゃい」
千影の実験室にいた。
家にある空き部屋を改造したものである。
蝋燭の明りに照らされた薄暗い室内。カーテンは閉め切ってある。得体の知れない薬品やら薬草やらが並んだ棚と、古ぼけた本がずらりと詰め込まれた本棚。病院の診察室にあるような寝台。部屋の片隅にある机の上には、ノートとナイフが置かれている。
足元には大きな正方形の布。
その布に描かれた魔法陣の中央に、僕は立っていた。
つい数秒前まで、可憐と咲耶と一緒に買い物をしていたのだが。
「やめてくれないか、この強制召喚」
言いながら、僕は千影を見やった。
強制召喚。
僕はこの現象をそう呼んでいる。
半年ほど前に千影が開発した、新しい召喚方法らしい。通常の召喚は異世界や別次元から魔物や妖魔を呼び出すのだが、この召喚は特定の人物を強制的に召喚する。本人の意思に関係なく。
平たく言えば、瞬間移動だ。
僕の眼差しに、千影はいつもと変わらぬ笑みを浮かべて、
「フフフ・・・・いいじゃないか・・・・。いつでも、逢いたい人と逢えるなんて・・・・」
「世間一般では、それを誘拐と言う」
半眼で、僕は言った。
取り残された可憐と咲耶の様子を思い浮かべる。買い物途中で僕が突然姿を消したので、きっと慌てているだろう。ごめん。
しかし、千影は聞いていない。
「では、兄くん・・・・さっそく、始めようか」
「何を?」
履いていた靴を脱ぎながら、僕は千影を睨んだ。
昔は、召喚されるたびに逃げていたのだが、今じゃそんなことはしない。
どのみち、千影は何度でも僕を強制的に召喚できる。しかも、厄介なことに距離や場所などは一切関係ない。必死に逃げいている途中に気が付いたら千影の実験室、ということになるのだ。
逃げるだけ、無駄である。
・・・・人間、時には諦めが肝心だ。
この場合は、さっさと用件を済ますに限る。
「また、生贄か? 召喚したバケモノと戦えっていうのか? それとも儀式の手伝いか?」
どれにしても、無事でいられる確率は低い。
よく今まで生きてこられたな、僕・・・・。
幸か不幸か、僕はどたんばの運だけは異様に強いらしい。
「今日は・・・・兄くんに素敵なプレゼントがあってね・・・・」
「素敵なプレゼント?」
千影のプレゼント・・・・
いまひとつ、想像できない。というか、想像したくもない。
特に「素敵」という部分が引っかかる。
僕の胸中をよそに。
千影はどこからともなく、小瓶を取り出した。
中には緑色の液体が入っている。
「これだよ・・・・兄くん」
差し出されるままに小瓶を受け取り、僕はその中に入った液体を見つめた。
見たままを言えば、青汁だが・・・・青汁ではないだろう。
「何だ、これは?」
「簡単に言えば、栄養ドリンクだよ・・・・。まあ・・・・細かいことは気にせず、飲んで欲しい」
と、千影。
その表情から、何を考えているか読み取ることはできない。
「と言いつつ、実は惚れ薬でした・・・・なんてことはないよな?」
恐々と尋ねる。
以前、同じ手口で惚れ薬を飲まされた時は大変だった。
理性が吹き飛んで、危うく千影を押し倒しそうになったのである。その時は、たまたま持っていた工作ナイフを腕に突き立て、強引に理性を引き戻し、全力で逃走した。その後、約一日禁断症状に苦しみつつも、危機は脱したのである。
兄として、踏み越えてはいけない一線を踏み越えるところだった。
ナイフの傷跡は今も残っているけど。
千影は小さく息を吐いて、
「残念ながら・・・・惚れ薬ではないよ」
残念ながら、って何だ?
念のため、匂いをかいでみる。
千影の作る惚れ薬には、独特の甘い匂いがある。
これには、甘い匂いはない。惚れ薬では、ないだろう。
千影が新型の惚れ薬を開発した可能性も否定できないが。
「なら、痺れ薬じゃないだろうな?」
僕の動きを封じて、無茶な実験の被験者にする。
これも、千影の常套手段だった。
それで、何度命の危機にさらされたことか・・・・。
「兄くん」
「ああ・・・・」
僕は小瓶を見つめた。
千影が呟く。
「飲むまで・・・・逃がさないよ・・・・」
やっぱり、そうきたかぁ。
ここはひとつ、野良犬に噛まれたと思って、覚悟を決めるしかない。
「はっ!」
僕は小瓶の中身を一気に飲み干した。
・・・・・・・・
不味くはない。
味を例えるならば、野菜ジュースという感じだ。
もしかしたら、本当に単なる栄養ドリンクかもしれない。
「で、結局これ、何だったんだ?」
小瓶を振りながら、千影を見やる。
今のところ、身体に異常はない。
千影は腕組みをして、しれっと言ってきた。
「実は、私も・・・・知らない」
「へ?」
知らないって、何で?
後半は言葉にならなかった。
コトン。
空の小瓶が床に落ちる。
「フフフ・・・・これは実験で偶然できた薬でね・・・・。どういう効果があるのか・・・・私も知らないんだ・・・・。
だから、どういう効果があるのか、兄くんで試してみようと思ってね・・・・」
「千影ええええええ!」
僕は絶叫していた。
薬は既に身体の中である。
咄嗟に掴みかかろうとするも、千影はひょいと腕をかわし、
「大丈夫。死にはしないよ・・・・・・・・多分」
「おい! 『多分』って、何だああああ・・・・ぁ?」
ぐにゃり、と視界が歪む。
「ぁぇ?」
その呟きを最後に。
僕の意識は途切れた。
・
・
・
「!」
寒気を覚えて、僕は跳ね起きた。
場所は変わらず、千影の実験室。
僕は部屋にある寝台に寝かされていた。
「おはよう・・・・兄くん」
傍らには、千影が立っている。
「おはよう、じゃない」
うめきながら、僕は自分の身体を確認した。
服は着ている。脱がされた形跡もない。おかしなことはされなかったようである。
それにしても、妹相手にこんなこと心配なきゃならないなんて。
次は身体の調子だ。
手足は問題なく動く。痺れや違和感はない。
と思ったのだが、
「? 部屋、明るくないか?」
僕は千影に尋ねた。
部屋の中がやけに鮮明に見える。薄暗いのに変わりはないのだが、気を失う前よりも部屋の中が明るくなっているような気がした。
「やはりね」
・・・・・・・・
えーと・・・・
「やはりね、ってなに?」
おろおろと手を伸ばすと。
千影はいつものクールな笑みとともに、
「例の薬の効果だよ・・・・。あの薬には、人間に秘められた能力を・・・・発現させるという効果があったみたいなんだ」
「秘められた、能力?」
うさんくさい言葉だが、千影が言うと薄ら寒いものを感じる。
「そうだよ、兄くん」
千影が嬉しそうに言ってきた。
その声も囁くような声なのだが、妙にはっきりと聞こえる。
「人間というものは・・・・普段その能力の99パーセント以上を眠らせている・・・・。
あの薬は、その眠っている能力を解放する働きがあったらしい。そのおかげで・・・・兄くんは、新しい能力を手に入れた」
「新しい能力・・・・ねぇ」
僕は右手を握って開く。
これといって、自覚症状はない。
「私が調べたところ・・・・」
「ちょっと待て」
片手を上げて制止する。
「私が調べた、って・・・・僕に何をした?」
「兄くん・・・・。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
これも、千影の常套句だ。
暗に訊かないでくれと言っているようなものである。
以前、それを無視して問い詰めたら、千影独特の言い回しで二時間ほどわけの分からない話を聞かされた。それ以来、この台詞を言われたら追求はやめておくことにしている。
何されたか聞くのも怖いし。
「で、『新しい能力』って何なんだ?」
「生物、非生物問わず・・・・触れたものを支配し、自在に操作する能力だよ」
「いまいち、よく分からないな」
「兄くんがその手で触れれば・・・・どんなものでも兄くんの思い通りになる・・・・。
・・・・物質を柔らかくしたり、硬くしたり、変形させたり、壊れたものを修復したり・・・・。極端に性質を変化させた場合は、24時間以内に元に戻るようだけど・・・・そうでない限り、効果は恒久的に持続する・・・・。
副作用で、五感が野生動物並に鋭くなってしまったようだけどね・・・・」
そこまで言ってから、僅かに視線を逸らし、
「もちろん、人間そのものやその精神を支配することもできる・・・・。
兄くんが望めば・・・・私を支配して、兄くんの思いのままにすることも・・・・」
そうしてほしいって顔で言うのはやめてくれないかな。
僕は右手を上げて、千影の左手に触れた。
すると、その手が持ち上がり、千影の頬をつまむ。
「痛い痛い・・・・」
千影は、右手で自分の左手を離した。左手は自分の意思とは関係なしに動いていたらしい。
なるほど、こう使うのか。
僕が納得していると、千影は続けた。
「ちなみに、能力の名前だけど・・・・」
名前があるのか。
「スタンド」
「却下!」
「ならば、念能力操作系」
「待て!」
「ふむ。アルター能力では・・・・」
「おい!」
「フフ・・・・冗談だよ、兄くん」
真顔で冗談を言うのはやめろ。
っていうか、スタンドだの念能力だの何で知ってるんだよ。
千影はテレビもあまり見ないし、漫画も読まないのに。
僕の疑問には構わず、
「能力の名前は、『パワー・オブ・スティール』だよ・・・・」
「鋼の力、ねぇ」
それっぽい名前ではある。
千影はすっと人差し指を立てると、
「それと、もうひとつ」
「なに?」
「この能力を使う時は・・・・『パワー・オブ・スティール!』と叫ぶこと」
なぜに?
疑問の視線を向けると、千影はふっと笑って、
「古来より・・・・必殺技や特殊能力を使う時は・・・・その名前を叫ぶものだと相場が決まっている」
いや、確かにアニメや漫画じゃそうだけど。だから、何で?
まあ何にしろ、早く可憐と咲耶の所に戻らなきゃならない。
怒ってるかなぁ?
「分かったよ。じゃあ、僕にはもう用はないんだね?」
「ああ。そうだね・・・・」
千影が言ってくる。
僕は寝台から降りると、床に置いてあった靴を拾い、千影の実験室を後にした。
「これは・・・・どうしたものか・・・・」
兄が実験室を出て行った後、千影は一人で呟いていた。
パワー・オブ・ステールと名づけた能力。
兄はさほど気にも留めていなかったが、厄介な能力である。
しかも、この能力は兄が死ぬまで消えることはない。
我が家の兄妹13人は、絶妙な力関係の上に成り立っているが。
兄の能力発現に伴い、それが崩れることになるかもしれない。
◆◇◆◇
深夜1時頃。
僅かな足音に、僕は目を開けた。
普段ならば、起きることもないだろう。しかし、千影の薬のせいで五感が異常に冴えている。普段は聞くこともできない音や、感じるはずのない匂いに苦労していた。千影は五感が野生動物並に鋭くなっているといっていたが。
これは、慣れるのにしばらく時間がかかるだろう。
「まいったな」
僕は呟いた。
明りも点けていないないというのに、部屋の中もしっかり見渡せる。
誰かが、僕の部屋に近づいてきている。
夜這か・・・・。
僕はため息をついた。
被害者は、絶対に僕である。加害者は、主に咲耶、春歌、千影。時々、可憐と白雪だ。
夜這いとは本来男が女にかけるものだとか、そもそも兄妹じゃないかという理屈は通じない。
部屋の前で、足音が止まった。
「お兄様〜」
「咲耶か・・・・」
僕はうんざりと独りごちた。
ここは寝たふりをして、無視するか。
「ドアを、あ・け・て」
「・・・・・・・・」
聞こえないふりをする。
「お兄様が開けないなら、私が開けちゃうわよ〜♪」
「・・・・・・・・」
無視する。
どのみち、この部屋の鍵は特別製。合鍵は存在しない。ドアの中には鋼鉄の板が仕込んであるので、解体用の工具でも持ち出さない限り開けることはできない。妹たちから身を守る装備である。
しかし。
スッ。
と咲耶が右足を引く音が聞こえてきた。
「お兄様・・・・ラブよ!」
バギィンッ!
「おおおおおッ!」
中の鉄板ごと扉が砕け散り。
鉄板と木の破片が床に散らばる。
廊下の明りが部屋を明るく照らした。
壊れたドアを踏み越え、パジャマ姿の咲耶が部屋に入ってくる。
ベッドから跳ね起き、僕は咲耶を指差した。
「咲耶ッ! お前、どーゆー腕力と骨格をしている!?」
逃げるように壁に張り付き、悲鳴を上げる。
普通の人間の腕力では、鉄板を砕くことなどできない。たとえ、それほどの腕力を持っていたとしても、骨格が耐えられるはずがない。鉄板を砕けば、それより脆い拳もまた砕けるのだ。
だが、咲耶の右手には傷ひとつない。
「これが、愛の力よ!」
「わけ分からん」
「さあ、お兄様・・・・熱い夜を共にしましょう」
言いながら、笑顔で間合いをつめてくる咲耶。
まずい・・・・
その時だった。
「そこまでです! 咲耶さん!」
「チッ、春歌!」
薙刀片手に寝間着姿の春歌が立っていた。
咲耶は僕に背を向けると、春歌と対峙する。
そこで、一応訊いてみた。
「春歌。お前も夜這いか?」
「兄君さま、そんな・・・・夜這いだなんて」
春歌は顔を赤くして、頬に手を当てると、
「ワタクシはただ兄君さまをお守りしに来ただけですわ。そして、邪魔者を排除した二人は・・・・ポッ」
「それを夜這いって言うのよ!」
人のことは言えないぞ、咲耶。
僕は頭を抱えていた。
「お兄様と夜を共にするのは、この私よ。邪魔はさせないわ!」
「それはこっちの台詞です。命までは取りませんが、咲耶さんには、しばらく眠ってもらいます」
バチバチと視線で火花を散らす二人の背後で。
僕は自分の手を見つめていた。
パワー・オブ・スティール。千影の薬で手に入れた能力。
使わせてもらうか。
僕は咲耶の後ろに回りこんだ。
「パワー・オブ・スティール! 春歌に惚れる!」
突き出した手が、咲耶の頭に触れる。
指先が光ったように見えた。
カクンと咲耶の身体が震えて・・・・
「春歌・・・・ちゃん・・・・」
甘えるような呟き。
異変を察し、春歌が薙刀の切先を下ろす。
「はい?」
「可愛いわ〜」
「はいッ?」
「今まで気づかなかったけど、春歌ちゃんって、ス・テ・キ・ね」
「はいぃぃぃ!」
豹変した咲耶の態度に、ずざざざと後ずさる春歌。本能的に身の危険を感じたのだろう。
怯えるような目で僕を見てくる。
「あ、兄君さま・・・・。一体、何をしたんですか?」
「無事だったら、明日千影に聞いてくれ」
にっこりと微笑む僕。これは、結構便利かもしれない。
「春歌ちゃ〜ん!」
「へ? あの・・・・えと、咲耶、さん」
両手をわきわきと蠢かせながら、咲耶が春歌に近寄っていく。
息が荒く、頬も紅潮していた。
「今夜は、寝かせないわよ〜!」
「きゃああああ!」
逃げる春歌。
「春歌ちゃん! ラブよぉぉ!」
それを追い、部屋から出ていく咲耶。
僕のことは眼中にないようである。
「予想以上の効果だな〜」
何にしろ、危機は去った。
あとは、壊れたドアだけである。
上手くいくかどうか、分からないけど。
僕は扉の破片に触れた。
「パワー・オブ・スティール! ドアは修復される!」
すると、床に散らばったドアの破片全てが浮き上がり。
破壊された過程を巻き戻すように、瞬く間にドアが修復される。
後には、傷跡ひとつ残っていない。
「おお!」
僕は感嘆の声を漏らした。
これは、なかなか凄い能力だ。
ありがとう。千影。
心の中で礼を言いながら、僕はベッドにもぐりこんだ。
ちなみに。
咲耶は3時間ほどで元に戻ったそうだ。
春歌は、ぎりぎり貞操を守ったらしい。
ついでに。
兄の能力は、翌日千影から全妹に知らされることとなる。
続く
あとがき
はじめまして、クレイモアです。
読んでいただいて、ありがとうございます。
シスプリのSSを書くに当たって思ったことは、シリアスで行くか、ギャグで行くか。で、単純に面白そうという理由でギャグに行きました。僕はあらすじを考えたら、下書きなどせず数時間で一気に書き上げてしまいます。そのせいで、変な部分があるかもしれませんが、その時は知らせてください。
補足設定
兄の名前は水上渡。アニメの航君と漢字違いの同姓同名の大学一年生です。
なお、妹たちの血縁は不明です。実妹かもしれませんし、義妹かもしれません。それは、そのうちはっきりさせますが、今はまだ秘密です。
もっとも、物語全体にこれといった大きな謎はないのですが。
感想、アドバイス、リクエストがあればお願いします。
しかし、SSは小説と勝手が違う。
クレイモアさんへの感想はこちら
claymore00@hotmail.com
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